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相変わらずかったるい。
裕子ちゃん久しぶりです。
ついにパソコンですか。
ゲタはパソコンに疲れてます。
今は何をやってもダメみたいです。
インフルエンザが恐ろしいというより、疲れきってるのだと思います。
福井は雪が降りませんか、どこも天気は異常ですね、怖いね。
いつでも手伝いにきてください。何か孫に合うような気がします。
次にパンべたいがどうなっているのか楽しみです。
一年に一回は来て下さいね。 -
お久しぶりです!!!!!!
明けましておめでとうございます。ゲタさん、ひろみさん、ふりだし塾の皆さん
元気にしてますか?我が家にもようやくパソコンがやってきました!!
今年の福井は雪も降らず、複雑な気持ちです。
また家族で手伝いにいきたいです。nuff respect!!!!!!!
パンべたい坊主は今年保育園の年長さんになります。 -
インフルエンザ
今日で10日近くなります。
熱は下がりましたがまだ仕事はできません。
かったるいのです。 -
あの世がちょっと近くに。
1週間、毎日38-39度の高熱でうなってました。
インフルエンザなのですが、ふりだしではマルとテツは罹りませんでしたが、げた、ひで、かよちゃんが罹り、佳代ちゃんは帰りました。
まだ病み上がりで、半分幻覚中です。 -
今ラオスです
げ
たさん寒い中お疲れ様です、私は今ラオスにいます、死後の世界の話興味深く読ませていただきました、もっと続きよみたいのですが良かったらお願いします。
ラオスはインドよりものすごくのんびりしてますね~のんびりしすぎて移動中に寄った食堂にパーカー忘れてきちゃいました トホホ。この後カンボジアに行き
ます カジュラホーに行ってからあういう風な建造物に興味深深なんです 宗教とエロチシズムみたいなものが気になってます。最近はいろいろ楽しい人たちと
逢い充実した旅日をすごしてます。去年ふりだしで一緒にすごした人たちは、子供が生まれそうだし、念願のパトナーを見つけたり、だけど私は今だ旅の途中で
す。かなちゃんお暇なときでメールちょうだいな。アド乗せておきます。
げたさん続きお待ちしてます、旅の情報何かありましたら教えてください次のカンボジアなど ではでは -
やぎ小屋の整地が終わりました。
ようやくヤギ小屋の場所の整地が終わりました。
丁張りが終わって明日からまず基礎の穴掘りです。
彼岸の人ですのでナカナカ設計の案が決まりません。
一度レイアウトを決めたのですが思ったより小さく45センチ幅を大きくしました。
地面が全面的に凍っているので、穴掘りも大変だと思います。
もう冬の建築は考え直します。
今までは凍る前に基礎を済ましたり、最低12月いっぱいで基礎を終わっていたのですが、今年のように冬に入ってからの基礎は本当に大変です。
杭を一本打つのも凍っているのでナカナカ打てません。 -
凍ってるー。
朝バックを動かす前はやかんを二つ持っていってキャタピラにお湯をかけて氷を溶かしてから仕事するのですが、今朝はそれでも動かず。お日様で解けるのを待っていたので、午前中は他の仕事。
こちらはユニック。木を吊って荷台に積みつみ移動できるトラックですが、ワイヤが絡んで半分切れたので新品と換えなくてはなりません。
ワイヤのお値段は3万円、きびしいよー。
このユニックは10万円で買ったのですが、さすが水は漏れるオイルは漏れる、貧乏はつらいね。
まだ全然稼動してません。タイヤチェーンも買ったのですが、多分冬は動けないのではと思います。
松の根っこ抜きも大分うまくなり今日は3本抜きました。
後二日ほどでやぎ小屋予定地の切り株は全部抜くつもりです。
その後に整地をしてやぎ小屋作りが始まる予定です。 -
死後探索
毎日死の話題で申し訳ありません。
仕事もしてるのですが、相変わらず同じ仕事をしてます。
久しぶりに書く気満々ですので。
今は幽体離脱以外のことにあまり興味が湧かないものですみません。昨日のモーガンは間違いでモーエンさんでした。
あっとおどろく死後の世界の話です。
ロバートモンローさんと、坂本政道さん、それとこのモーエンさんの話は本当におもしろい。
この現実世界は多分今年から大変なことになっていくものと思われます。
この狂気の世界からの何らかの解決策としては、現実世界にしばられては解決しないのではないかと思っています。
あきらめないで前向きにと生きてきましたが、展望がひらけません。
思い切っての大飛躍です。こちと雲平から荷物が届き、げんざい北名古屋市に住んでるそうです。
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「死」シリーズその2
武士道とは死ぬことと見つけたり。武士でなくてよかったと思ってます。
昔はもっともっと死が身近なものだったのでしょう。
でもコレは本当なのでしょうか、何か権力者にあまりにも都合がよすぎるので。
捉え方は人それぞれだったのだと思います。
死んだら極楽にいけるという考えもあります。何も現世に救いの無かった昔の貧しい人たちには唯一のよりどころだったと思われます。
インドでは人が死ぬとお祝いでにぎやかな葬儀の後火葬されてそれで終わり、お墓はありません。
ゲタ個人としてはコレが一番好きです。
私の時も笑って送ってほしいものです。
坊主には死んでも拝んでもらいたくはありません。さて死は本当に探求できないものでしょうか、ここで幽体離脱が登場します。
つまり生きながらあちらの世界へ行くということです。
まず手始めに意識しながら睡眠状態に入ることから始めます。
カルロスカスタネーダのドンファンシリーズの中に「夢見の方法」というものがあります。
毎日手のひらを見つめて、夢の中で自分の手を見るようにするそうです。
私が今読んでる何とかモーガンさんは1ヶ月で夢の中で自分の手が見れるようになったそうです。
そして手が見えるということは、夢の中で自分がコントロールできるようになったということです。そのまま進んでいくとある家の窓のところに行き中に女の人が居ました。
女の人と一緒に居るところに大男がドアから入ってきて彼は逃げました。
ここで映像は途切れます。
彼の解釈によるとそれが前世の最後の場面だったそうです。
なかなかおもしろいじゃないですか。
毎日手を見てます。1ヵ月後にはおもしろい報告が出来ることを期待しててください。 -
死とはなんでしょう。
昔は死がいやでした。小さいころは夜暗いところで寝るのが大嫌いでした。
時々というかしょっちゅうですが死について考えてました。
死んだ後は無になって何もなくなると信じてたので、その事を考えると眠れなくなりました。
そしてどうしようどうしようと考えてもどうしようもなく、一人で恐怖に震えてました。
死は唯一確実に誰にもやってきます。
こちらには一切の選択肢はありません。
ある日それはやってきます。
親しい人が亡くなるたびにそのことを考えますが、考えて結論がでるものではありません。最近の新聞で、末期がんの人たちの最後の様子のことを書いていました。
それによると普通に勤めていただけの人はナカナカ諦めがつかないそうです。
それが、例えば山が好きで山にばかり登っていた人は、まあ好きなことをやったんだしいいかと、比較的諦めがつきやすいみたいです。
後きびしい田舎で暮らしていた人は、死ぬ前に自分の家が見たいといって、家に連れて行ってあげると、それで満足して死んでいったそうです。
方や好きなことをした人、もう一人は好きではなかったけど精一杯その環境で頑張った人、
つまりどう生きたかが、どう死ぬかを決めたわけです。
死についてはどう考えても結論はでないでしょう。
やはりどう生きるかがポイントみたいです。私自身は20の頃から何時死んでもいい生き方を心がけてきたつもりです。
私の旅はいつも危険と隣り合わせの旅でした。わたしは好んでか無意識か危ないところに近づいてしまうのです。その時は意外と平然としてるのですが、きのこの食べすぎで死ぬ死ぬと大騒ぎしたのも事実です。
さて本番はどうなるのでしょう。
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