• 2007年3月3日

    みのりちゃんのお母さん。

    どうもげたです。まさかお母さんまで掲示板を見てくれてるとは知りませんでした。
    お父さんが時々見てるという話は聞いてたのですが。
    ご両親からみたら危なっかしい生き方かもしれませんが。どうかみのりのチャンの生き方を暖かく見守ってあげてください。彼女はしっかりしてますよ。
    私もそうですが、街でお金が一番の生活は出来ないと思います。
    真面目に生きようとしたら田舎でこういう生活をするしか出来なかったのです。
    彼女の実行力には驚かされます。
    今は幸せそうですよ。

  • 2007年3月1日

    (無題)

    愛知のみのりの母です・みのりが大変お世話になりました。私もふりだしの掲示板ず-と
    楽しませてもらっています。げたさんの知識と実行力は、本当にすばらしいですね。

  • 2007年2月28日

    朝起きると雪化粧

    朝起きるときれいな雪景色久しぶりでなおかつボタン雪だったので木や草にきれいに雪がついて素晴らしい世界でした。
    太陽電池は断線を直したら、なんと素晴らしい充電状況です。
    多分1本は一昨年、もう一本は今年断線したモノと思われます。
    全部自分でやったものですからやはりプロのようにはいきません。
    だんだん発電能力が落ちているのかバッテリーの能力が落ちているものとばかり思っていました。
    なんでも経験しないと分からないものですが、今回はたかくつきました。
    太陽電池の表面も買ってから4年一度も掃除をしたことは無かったのですが、今回はついでに掃除もしました。多分この表面の掃除も意外と大事なことのように思われます。何しろ今までこんなに発電はしたことが無いレベルで発電してます。
    怪我の功名ですかね。

    最近ニワトリがあまり卵を産まなくなりました。例年なら冬は結構卵を産むのですが今年は生みが悪いので、小屋の外に出しました。次の日から卵の量がふっかつしました。
    庭で色んなものをついばんで運動も十分したのがよかったのでしょう。
    ただ、また一羽何かにやられてしまいました。重傷です。
    にわとりには、きつね、イタチ、鷹、犬、ネコと、ニワトリを殺したり食べたりする連中がいます。これらからいかに防いでやるかも大事なことです。
    ちょっとした油断が命取りです。全滅することもあります。
    また卵はへびやねずみに狙われます。卵が少なくなったらまずこのどちらかを疑います。
    卵をとろうとしたらでっかいアオダイショウをつかんだことも何回か有ります。何しろ卵を丸呑みしますからかならずでっかいアオダイショウです。蛇は捕まえますが殺しません、アオダイショウは殺してはいけないと近所のおじいは言ってました。蛇の大好物はねずみです。
    一匹の蛇が毎日何匹もネズミを食べてることでしょう。
    自然に対して一番大事なのは何もしないことです。
    なるべく人間の都合は横において対応するように努力してます。

  • 2007年2月26日

    太陽電池の断線

    今日の仕事は朝まず居候達に床の最終仕上げであるコンパネの打ち方を教え、その後果物の木に肥料をやっていく。
    果物には肥料は欠かせません、もし入れないとほとんど野性のものと変わらない大きさにしかなりません、例えば梨は卓球のボールぐらいです、
    野菜もそうですが、私たちが普通食べているものは肥満体のものです。肥料を入れない野菜や果物はやはり少し物足りません。
    これは好みの問題ですから好きで良いのではないかと思います。
    ブルーベリーなんかは肥料を入れないと量は取れない個体は小さいと、ジャムも作れません。
    自然がいいという方も多いのですが、そもそも栽培という行為自体自然ではありません。
    自然農法なんてこんな矛盾の言葉を並べて良いのかなあと思います。
    人類はひたすら増産そして味をよくするために努力してきました。その延長線上の堆肥を入れる農法は良いものだと思います。
    自然がいい人は弥生時代の生活をしてみればいいのです。
    わたしはご免こうむります、子供時代の昭和20-30年でも考えます。
    私たちは前に進むしかないのです。
    ただ循環システムからはずれる生き方はやはり問題があると思います。

    その後麦踏み。麦は冬から春にかけ2-3回の麦踏をします。これはかなりの増産になります。
    一般的には踏んでやると丈夫で強い麦になるといわれてますが、ここ大鹿村では冬の間に麦の根が浮いてしまいます、その浮いた根を踏んでやるとまたしっかり
    根づきます。そのまま麦踏をしないと枯れてしまう株が大分でます。この根が浮くのを防止するために少し深い溝の底に麦の種を播きます溝の底の麦はあまり根
    が浮きません。山形の畝に播いた麦は枯れる株が多くなります。
    このように土地により農業のやり方は変わってきます。正確には畑の場所が違えば違うやり方になります。
    農業で大事なことはよく観察することです。観察無しににりっぱな野菜はとれません。
    もちろん放任栽培でもそれなりに取れますが。しっかり観察してないとちょっとした変化に対応できません、プロの農業はシビヤデス。すいませんできませんでしたではすみません、最大限の努力の後、あとはすみませんです
    ところで麦踏みは麦に対して人間は横になって踏んでいきます。それもゆっくりです。時々縦に歩く要領でやっている人がいますが間違いです。横に踏むことにより根の先までしっかり踏むことが出来るのです。

    最後に最近太陽電池の調子が悪く晴れた日でも十分な充電が出来ない日が1ヶ月も続いてました。もっと早く直したかったのですが毎日の仕事に追われついつい先送りにしてました。
    よくよく調べてみると3本の線の内2本が切れてました、ケーブルの支持があまくなって少し垂れてたのでしょう、そこに雪の塊が落ちてきて断線したものと思われます。明日からは元のように充電してくれるように願ってます。
    このように自給自足は暇がありません。少し気を抜いて手を抜いていると瞬く間に仕事が溜まってしまいます。

  • 2007年2月25日

    床のつづき。

    今日も床は張れませんでした。
    床の部分のログに意外と手間取りました。
    5メーター20センチの唐松の材を使っていますが、唐松はほんとに性質が悪いのです。
    ログハウスの場合はログとログの交差するところを半分ずつけがいて積み上げていくのですが、時間をかけてけがいているのでその間に曲がってしまいます。
    元々唐松は乾燥する過程でねじれていくので、ログハウスに向いていません。
    木が暴れると表現するのですが、積んだ後にねじれていくのでしっかりボルトとか鉄筋を入れなければねじれて木が浮いてきてしまいます。
    そうかといって釘を打つのは一番大きい釘で15センチなので直径20センチ以上ある木に打つためにはドリルで孔をあけ釘を打ちなおかつ穴の中まで釘を打たなければならないので、鉄筋を使ってその釘を孔の底まで打ち込まなければなりません。
    今日は発電機の始動用の紐が切れたり、いざ床の垂木を見ているとガタガタで幾らなんでもそのまま床を張るわけにも行かず、そこをまっすぐに直したりで時間をとられてしまいました。
    チェーンソーを使い出して1ヶ月になりますが、未だにまともに使いこなせません。
    3ヶ月ぐらいで少しましになるでしょう。
    ひたすら忍耐です。

    日本ミツバチですが最近はくまにやられるケースが増えてるそうです。
    そうなると今でもくまが出没して危ないのに余計危ないことになってしまいます。
    昨年近所のおじさんが熊に襲われ亡くなっているのでマジにやばいのです。
    イキナリ難問ですね、まだつまずいたわけではないので工夫してみます。ただ最近の野生動物の飢えは半端ではないので、今までの対策である電柵ではだめかもわかりません。
    それにいくら熊を近寄せない工夫をしてもミツバチの巣が有る所には熊は引き付けられるわけで、コレはつまずいたかな。
    昨年は蜂蜜もあまり取れなかったそうです。山の木に花があまり付かなかったみたいです。花が付かないので実がならないのはあたりまえですね。
    実を付けるのには大きなエネルギーが要ります、木にその余裕が無いということです。
    だんだんミツバチなんてのんきな事を言っている状況では無いのではないかと思うようになりました。
    ミツバチは断念します。

  • 2007年2月24日

    日本ミツバチ3電話番号の間違い

    たびたびすみません。日本ミツバチの会の電話番号まちがいです。
    0265-88-2033は望岳荘でした。
    日本ミツバチの会の電話番号は0265-88-2552です。

  • 2007年2月24日

    日本ミツバチ2

    日本ミツバチの会の電話受付は午後のみ水曜お休みです。

  • 2007年2月24日

    日本ミツバチ

    今日は寒い一日でした。
    げたは午前中税金の計算、他の人たちは保存中のキャベツ、白菜が大分周りが傷んできたので、きれいにします。そのままにしておくと中までだめになってしまいます。
    あまりに寒いので、午後はやぎ小屋作り。
    今日はようやく床の垂木が完成しました。
    真ん中に柱が4本立ち少し小屋らしくなってきました。
    垂木は途中で溝を入れると弱くなるので、半分下のログをケガいて後は上のログをケガきます。
    結構手間です。
    ここを過ぎるとまたログを積んでいくので毎日変化があり気合も入ります。
    大きな建物ではこの床で1ヶ月から2ヶ月かかるので、変化が無くひたすらがまんです。
    意外と大変ですよ。

    居候のまるがふりだしの後にミツバチを習いに行きたいというので、昨日のお休みに中川村の蜂博物館に行ってきました。
    ちょうど信州日本ミツバチの会の事務局長さんがいて色んな話を聞いてきて、機関紙ももらってきました。
    大鹿村にも日本ミツバチを飼っている人は多いのですが、中川村は色んな技術も公開しています。
    日本ミツバチの飼い方のビデオまであるそうです。
    ふりだしでもミツバチをやってみたいので日本ミツバチの本なんかも買ってはいるのですが、いそがしくてまだ飼うまではいってません。
    日本ミツバチと西洋ミツバチの大きな違いは、まず西洋ミツバチは蜜をためる能力が大きいのです。飼い方もしっかり確立されてます。
    それに比べ日本ミツバチは野生が強く飼うのが難しいし蜜を貯める能力も少ないのです。
    ただ、ミツバチの天敵であるスズメバチに対しては、西洋ミツバチは全滅するまで戦っちゃうので、それに対して日本ミツバチは少し戦えば後は防戦のみで全滅までは戦いません。
    蜂蜜も日本ミツバチの方がおいしいです。コレは今の日本では本当の西洋ミツバチの蜂蜜はほぼ手に入らないのでなんともいえないのですが、私自身食べ比べて
    みてといっても、同時に食べ比べたわけではなく、友人の西洋ミツバチの蜂蜜と日本ミツバチの蜂蜜の記憶からの比較なのでなんともいえませんが、日本ミツバ
    チの方が味が濃いように思います。それプラス何か違いがあるのですが表現の仕方がわかりません。
    さっそく中川村の信州日本ミツバチの会に入会する予定です。
    日本ミツバチの飼い方のビデオも買ってきます。
    興味のある方は信州日本ミツバチの会事務局TEL0265-88-2033、FAX02265-88-3220へ問い合わせてみてください。

  • 2007年2月23日

    げたの学生時代。

    昨日学生さんのことを書きましたが、世間を知らないゆえの事もおおおうにしてあるのはこれまた当たり前です。
    そこで自らの学生時代を振り返ってみました。
    げたが大学に入ったのは70年安保の前で、学生運動が一番盛んな頃でした。
    上京してすぐにまだ入学もしてない時にすでにデモに行っていました。
    そのデモ隊の中でも一番過激そうなヘルメット集団に参加して喜んでいました。
    こういう調子ですので入学してすぐに社会科学研究会略称社研に入りました。
    当時の社研は学生運動の中心的な存在で事実社研のメンバーは全員熱心な学生運動の中心的な存在でした。
    授業にはあまり出ずデモとか集会にばかり出てました。
    したがってキャンパスライフとかは縁が無かったです。新聞配達とか運送屋のバイトも忙しかったので余計に学校には近寄りませんでした。
    その頃新宿を中心に「フーテン」といわれてる人たちがいて、ともかく何をしてるわけでもないんですが、毎日深夜喫茶ですごし昼間はそこいらで寝てたように思います。何を話すわけではないのですが結構色んな事を議論していたような記憶があります、
    こういうフーテンに興味を持つところが普通の学生運動をしている学生さんと違っていたのだと思います。
    ただバイトもいそがしいので本格的なフーテンではなかったのですが。
    つまり学校もほどほど、学生運動も熱心ではありましたが全存在を賭けるほどでもなかったし、フーテンもまあまあ唯一熱心なのはバイトでした。
    この頃からすでに外国へ行くと決めて貯金をしてました。
    意外と目的を持つとしっかりしているのです。
    そんなこんなで2年間やっていたのですが、70年安保もおわり、大学立法も通り、だんだん大学も静かになっていく中、大学を続ける気もなくなっていました。
    そのまま大学を去り、ほったらかしなので除籍になったと思います。
    二度と大学には興味はありませんでしたのでそれでおわりです。
    そして3年の春4月1日を期して旅に出ました。
    最初の目的地は山谷でした。
    山谷は日雇い労働者の街で、とりあえずお金を持たずに出発したので、ドヤ街からのスタートと思ってたのですが、その日の内に厚木ふりだし塾に到着してました。
    運命というものは不思議なものです。旅の初日からすでにヘンな方向にそれてしまいました。
    今のふりだし塾の名前はここから取ったものです。
    また機会があれば続きを書くかもしれませんし、過去のことは気にしない性質なので二度と書かないかもしれません。

  • 2007年2月22日

    アクセス数。

    最近のネガティブ書き込みにより大幅にアクセス数が減りました。
    掲示板は難しいね。
    本人が落ち込んでるので正直に書くと読む方はつまらないので読まなくなる。
    そうかといってうそを書くわけには行かないので、気分が乗らない時は書かないが正解なのでしょう。
    最近は少しでも毎日書こうと義務的に書いてる場合もあります。

    今日は20歳の信大の女の子が二人、一日だけですが手伝いに来てくれました。
    しばらく女の子が来てないので、非常に新鮮でした。
    松本の信大の経済学部の学生さんでした。
    私自身地元の大学生との交流は強く望むところです。
    学生さんの強みは現実の社会をまだ知らないということです。
    現実の社会を知らないがゆえに理想的な考えが出来ます。
    より純粋にいろんなことが考えれるわけです。
    毎日現実と付き合っているとつい考え方が地上的になってしまいます。
    げた自身は少し飛んでる状態が好きですがバランスをとるのが難しいです。
    このバランスが曲者なのです。
    流れは固定すればよどみます。ゆえにほとんどの問題はこの考え方の固定から始まります。
    人間50年も生きてるとコチコチの固定人間になってしまいます。
    毎日変わる状況にいかに的確にバランスを持ってくるかです。
    固定は楽ですが、毎日変わっていくのは意外と大変です。
    これを楽に出来るようになれば最高なのですが。

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