• 2010年1月14日

    どんど焼き。

    朝から茅を刈り,午後はどんど焼きの組み立て。
    入沢井部落は今や5軒,向こうの方から参加してくれとの連絡です。
    今まではこちらが参加させて下さいとお願いしてたのですが,5軒の内働けるのは2軒のみではどうしようもないのでしょう。
    こちらは7人で組み立てに参加。
    大きなものが出来ました。
    7時に点火です。
    昨日は1時頃までタマネギ染めをやってました。
    久しぶりに良い色が出ました。
    こちらの慣れもあるのでしょう、いきなりやっても良い絞りが出来てます。
    絞りも段々凝って来て,みんな3時間ぐらいかかってやってます。
    げたは5分ぐらいでやります。

  • 2010年1月13日

    大寒波。

    昨日からゆきがふりつづいてます。
    2日連続雪かきでまだ降ってます。
    夕方の気温はマイナス9度。
    この冬一番でしょう。
    雪かき以外はほとんど仕事はできません。
    室内で染め物をやってます。
    今回はタマネギ染め。
    人数が多い所にテッちゃんも来て10人です。
    今日はひろみちゃんの誕生日でもあるので大餃子大会です。
    げたのお酒も今回はかなりアルコールの度数が上がってます。
    次回はリンゴ酒の予定です。

  • 2010年1月12日

    昨夜のふりだしの会話。

    昨日の夜の会話です。
    なんとドンピシャと言うか、昨日掲示板で書いたような話から始まりました。
    まず、アボリジニーの人達は何も所有せず、採集したものを食べ、備蓄もせず、洋服もほとんど着ず、家も建てないという生活をしていたそれだから平和に暮らしてたという話だったと思います。
    Aさんはそれに対して、自分は種は最初だけ蒔き、その後はこぼれ種だけで生活すると。
    現にそう言う生活をしている人も知っているとの意見です。
    ゲタは本当は、種を蒔くぐらいはいいけど、他の草を抜くとか刈るのとか、虫を殺すのは、本当は、間違ってるのでしょう。
    ただ現実は、それをやって作物の収量が少ない時は自分が飢え死にする覚悟はないので、ましてや奥さんとか子供孫まで飢え死にさせてもそれを受け入れる事は出来ませんので、間違ってはいますが、草は抜くし、肥料は入れるし、畑は起こしても収量を確保します。
    収穫がないのなら、それは買えばいいなんて言って、正しいやり方の農業にこだわるのも変だとは思います。
    これが基本で論理を展開します。
    この話は何度もしてるので、それぞれ好きなやり方でやればいいのではないかで終わりです。
    その後は2分の1÷2分の1はなぜかけ算にして答えを出すか分からないとこだわってるやつがいるので、最初は相手にしてなかったのですが、その内にみんなを巻き込み12時近くまでケンケンガクガクやってました。
    何とか結論らしきものは出たのですが、頭がおかしくなりそうでした。
    げたは羊羹は「これはたまたま今日のスエットで福井の水ようかんが出て、それがおいしかったので」結局増えないのだからそれは陰謀ではないか、実を言うと
    連中はこういう数学のマジックで実を言うと損をしてるのに、得してる気にさせてるのではないかなんて珍説を出して、一人でかき回してるだけで、議論にはつ
    いて行けませんでした。
    しかしです、以外とこれが気になり終いにはマジで考えてました。
    いまだに結論は理解できてません。
    が、やはり一人で羊羹を相手に考えてしまいます。
    羊羹からはなれる事は出来ません。
    ただの数学なら考えるのは嫌ですが、それは具体的にどういう状況かを考えるのはおもしろいのです。
    暇と言えば暇なのでしょう。
    テレビを見ないし、普段はみんなで本を読んだりですが、昨日はスエットで高揚気味だったのでしょう。
    体力も知力も使い果たした1日でした。
    もちろん会話に加わらない人達もいました。

    スエットの後でチカちゃんとその友達がふりだしに遊びに来ました。
    既に暗くなってたので全体を見れなかったのを残念がってました。
    楽しい人達でにぎやかでした。

    現在は総勢9人です。
    冬にしては人数が多いのですが、スエット前後は何時も人は増えます。
    子供2人も正月に来たままで,どんど焼きが終わるまで居そうです。
    男2人はスエットで来てるのでその内に帰るでしょう。

    今日は1日雪で仕事はお休み。
    スエットで来ている連中は薪割りです。
    当然こちらは4日から仕事をしてるので雪だと休みます。
    彼らは来たばかりなので休ませません。
    スエットのみは受け入れないのです。
    当たり前ですが此処は無料宿泊所ではありません。

    大雪です。
    3時に1度雪をかきました。
    あまり積もると車が動かなくなります。
    その前に1度除雪をします。
    道路の一部がアイスバーンになってるので砂も撒きました。

  • 2010年1月11日

    気候の話。

    昨日の本の続きです。
    この本はあまりお薦めではありません。
    読むのにすごく時間がかかってしまいました。
    ほとんどの部分が悲惨な飢饉の話です。
    その飢饉の間には平和で豊かな時期もあったと思いますが、本は異常気象の本ですから、最初から最後まで異常な気候の話なのです。
    たしかに10世紀から20世紀に間は低温の期間が長くて、生活は大変だったみたいです。
    ただし、その間にも人口は増えてますから、段々余剰の食料は増えて行ったのだと思われます。
    食料の生産が増えて行くのと、生活が楽になるのは関係がないというより、生産が増えれば増える程人間は不幸になって行ってるみたいです。
    まるで現在のものが豊かになればなるほど人々は不幸になるのと同じみたいです。
    農業はその最初から意味を問い直さないと駄目なのかもしれません。
    元は狩猟採集で生活してたわけです。
    狩猟採集の生活は不安定なので種を蒔く農業が始まったのですが、収穫が安定すると人口は増えて行きます。
    人口が増えると生活の範囲を増やして行かなければなりません。
    他の場所には他の人達が生活してますから移動は即争いになります。
    それと同時に収穫物を保存する事になるのですが、保存をするからそれを取りにくる人達が出てきます。
    取られないために武装して守らなくてはなりません。
    その内に武の専門家が出て来て、当然その人達が一番強いので他の人達を支配し始めます。
    働かないで食べる人達が出てくるので、働く人は以前より大変になります。
    その内にもっと強い人が出て、もっとたくさんの人達を支配するようになります。
    するともっと沢山取られるようになり、生活はもっと大変になります。
    したくもない戦争には駆り出されるし,城とか館を作るのとか、道路の建設にかり出されたりもします。
    生活はもっと厳しくなります。
    支配者の信条は、百姓は生かさず殺さずナノです。
    現在もその延長線上にある訳です。
    此処を何とか超えないと、私たちには平和で幸せな生活は出来ないのかもしれません。
    もちろん現在でも平和で幸せな生活をする事は出来ます。
    山奥で自給自足はそれに近い生活ではあります。
    只これも政治とか経済から全く離れた生活ではありません。
    支配者がいる以上は何時その生活が脅かされるかは分かりません。

    すみません、気候の話がとんでもない方に逸れて行ってしまいました。
    結局気候には異常が普通でとゆうか、結構変化が激しいもので、まだまだ私たちはそこから逃げる事は出来ません。
    火山が一つ爆発すれば、3年ぐらいは世界中が不作になるのです。
    明日になるかもしれないという話なのです。

  • 2010年1月10日

    歴史を変えた気候大変動。

    河出書房新社の本です。著者はブライアン、フェイガン。
    この本を読むと、気候は大変動するのが当たり前で、何十年か安定した気候の間に生まれたら、それ自体が珍しい事で運がいいのが分かります。
    現在は特別ではなく、過去にも現在よりも気温が高かった事もあるのです。
    ただ、全体的には現在は温暖期であって、いつまた氷河期までとは言わないまでも,小氷期に入るかもしれないのです。
    歴史で言えば1800年の中頃までは小氷期と言って寒い気候が続いていました。
    これは1200年頃から始まりました。
    この時期でも何時も寒いわけではなく,間に暖かい期間もあったのです。
    この本を読んで分かる事は,現在は石油があるのである程度作物の収量が取れている事もありますが,非常に運がいいぐらいの暖かい気候が続いてる事もあります。
    19世紀になってようやく何とか食べれるようになったそうです。
    それまでは悲惨な状況がしょっちゅう起こってました。
    ヨーロッパでは19世紀になってようやく堆肥を入れる農業になり,囲い込みに寄って集約農業が始まり,大規模な農業が始まった事で食料危機が来なくなったと書いてます。
    大規模な農業の方が生産性が上がったそうです。
    ヨーロッパではそうだったのかもしれません。
    その他の農業技術の改善も影響してるのかも分かりません。
    肥料を使い始めたのも大きいのかもしれません。
    なにはともあれ人類は未だかって食料が十分だった事は一度もないのです。
    現在は飢えてる人達が局地的になっているだけです。
    こういう歴史を振り返ってみて、肥料を入れるようになってから生産性は上がってるのです。
    それ以前は肥料無しが普通だったのです。
    その又前は畑を起こしてもいなかったわけで、ただ地面に種を蒔いていただけなのでしょう。
    草は刈っていたかもしれません。
    その間に畑を起こす事が始まったのでしょう。
    つまり,畑を起こす事で収量は上がったので世界中で畑は耕されてます。
    どんなに大変な時でも畑は耕してます。
    そして肥料を入れ始めてようやく何とか食べれるようになって来たのだと思います。
    気候は何時反転するかも分かりません。
    人類はほとんどの歴史を通じて飢えていたという事を常に意識しておく事だと思います。
    突然寒冷化が始まる,下手をすれば氷河期が始まるかもしれないわけです。
    戸口の事は全然分かっていないいないのだそうです。
    つまり記録を取り始めてまだ何百年かしかたってないのです。
    それ以前は木の年輪に含まれてる炭素14の割合を調べるとか、アイスコアを調べて大体の予測をするしかないのです。
    それ以外にも海岸線の移り変わりとかもあるのでしょう。
    結論から言って、気候が変化するのは何故かはいまだに良く分かってないのです。
    当然二酸化炭素の濃度だけに温暖化の原因を求めるのには無理があります。
    現在よりも暖かかった時もあるのはほぼ確実なのです。
    縄文時代は現在より海岸線が10メーターも高かったのもほぼ確実なのでしょう。
    東北に大きな集落があったのもその証拠でしょう。
    問題は人類はまだ気候の問題を解決してるわけではない事です。
    たまたま気候が温暖な時期に石油を使って生産性が上がって人口が増えただけなのです。
    それは少しの条件が変わっただけで多くの人達が飢える事を意味してます。
    楽観的な人達は幸せだと思います。

  • 2010年1月9日

    ログが一回りしました。

    毎日1本上げて行ってたログが1周しました。
    連日の低気温と雪で製材木の調子は悪くなるし、凍った木を切るので時間もかかり、チェーンソーの刃もすぐに切れなくなります。
    20センチにタイコ引きした木を使ってるのですが、タイコ引きというのは丸い木の上下を削って平らにしたものです。
    20センチの唐松の材は少人数では動きません。
    少し動かすのも機械に頼らなければ動きません。
    もちろん若い男が5ー6人ぐらいいれば動くかもしれませんが。
    最初の1周と半分は20センチにしますが、それからは15センチにします。
    上に行く程細くするつもりです。
    本体の建築が始まったばかりなのに、奥さんはセミナールームが欲しいわねなんて言ってます。
    言うのは簡単なのです。
    建てる方は又先の仕事が増えるわけで、できれば聞きたくないのです。
    もう家は建てたくないのに、あれもあればなんて言われても気が滅入るだけです。
    冬ぐらいたまにはゆっくり好きな事をしたいものです。
    15年も建築ばかりな訳で、毎年追いまくられて仕事をしてます。
    何時になったら終わるのですかね。
    又愚痴になってしまいました。
    ともかく、1周置いたら、明日からはノッチの加工にかかります。
    明後日はスェットなのでウッディーが帰ってきました。
    大輝と拓郎も来ると言ってますが、いまだに連絡無しなのでどうなるかは分かりません。
    チカちゃんも来るのですが、ふりだしに寄れるかどうかは分かりません。

  • 2010年1月5日

    新年おめでとうございます。

    なんて少し遅いですかね。
    正月は静かにすごしました。
    3日の日に温泉に行っただけです。
    こちらには子供達以外は誰も来ませんでした。
    それでも、3人の居候がいますのでそれなりににぎやかです。
    八角堂もゆっくりではありますが、ログが乗って来てます。
    今日は3本目が上がりました。
    毎日1本上げる事にしてます。
    今年は雪も多く、寒さも厳しく、作業は難航してますが、毎日少しでも進めば満足です。

    ヘミシンクを熱心にやってます。その内にいい報告が出来るでしょう。

  • 2009年12月30日

    餅つき

    参加はなおてつファミリー、まるまきファミリー、てっちゃん、外から沢山の人が来てくれにぎやかで楽しい餅つきでした。
    げたも珍しく一臼搗きました、
    無理はするものではないですね、体中が痛いです。
    アワ2臼、コキビ2臼、ヒエ1臼、タカキビ1臼、餅米1臼、玄米餅米1臼搗きました。
    3時前には終わったのですが、げたは寝込んでました。

  • 2009年12月29日

    ヘミシンクを再開しました。

    しばらく止めていたヘミシンクを再開しました。
    止めてた理由は、日本でヘミシンクの本を沢山出している坂本さんのあまりの能天気ぶりさに付いて行けないからです。
    坂本さんがどうも苦手だからと、ヘミシンクは別のものではあるのですが、やってあの程度かと思うとなんか情けなくなります。
    彼の場合は妄想との区別が全然ついていません。
    あの商業的な本を次々出すのも好きではありません。
    前の本で隕石が太平洋に2010年に落ちて来て地球がほとんど駄目になると書いてたかと思うと、今度はあれはネガティブな存在の言う事を信じたためだと行って、こんどはバシャールの言う事を全面的に信じてます。
    バシャールはポジティブだから正しいと言ってますが、その根拠が分かりません。
    あまりにもこの世的な判断な訳です。
    あちらの世界を探索する人が、こんなにこの世的なことを言っていたのでは信用できません。
    日本の不幸はあのような人が、英語が出来るのと、たまたま金を持っていた、のと東大出というだけで、実質的な日本のセンターの責任者をやり、本を沢山出している事だと思います。
    ゲタは本人にもあって2日間のセミナーでお付き合いしてるので、何も知らないで書いてるわけではありません。
    あの人のセミナーは受けたいとは思いません。
    ところが今回、まるの日圭さんが本を出しました。
    彼はCDを買って聞いていただけです。
    セミナーにも最初は行っていません。
    それでもいろんな体験をしてます。
    おもしろいです。
    日本ではある程度は坂本さん自体が枠になってしまってます。
    その枠がないため、非常に面白いです。
    ヘミシンクは本来そうあるべきだと思います。
    彼の自由なアプローチが面白いですし、気楽にやってます。
    再びヘミシンクをやる気が出てきました。
    副作用で少しぼーっとしてるのが気になりますが、仕事の時は切り替えてるので問題はありません。
    ただ、仕事が終わるとだめです。
    今もめろめろ気味です。

  • 2009年12月28日

    基礎が終わりました。

    基礎が終わりました。
    ほぼ全面的に若い人達にまかせてやってもらってます。
    細かく言えば色々ありますが、あまり口も出してません。
    今年は製材をして、組んで行くログを貯めて行くだけになりそうです。
    一番下は太い目の木を使いたいのですが、貯木場は無秩序に材木を置いて行ってますので、太いのだけを選ぶ事が出来ません。
    無計画な性格のせいではあるのですが、最初の8本だけでも別の所においておけば良かったのですが、出来なかったものは仕方ありません。
    床が終わるまでに1ケ月ばかり係りそうです。

    餅つきは30日の予定です。
    正月の準備もあるので、明日が最後の仕事になりそうです。

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