-
垂木が3本入りました。
棟が上がり、不備のあった梁も何とかごまかして、と言っても、1センチ短い柱のほぞにコンパネの切れ端を乗せてかさ上げしただけですけど。
ふりだしではこのくらいは序の口です。
毎年新しい人たちに建築を教えているのです。
いろんなことがあります。
げたは疲れてきたので、もう建築を教えるのはやめにするつもりです。
道具の負担も大きいし、細かく教えるのも面倒になってしまいました。
建築をは本当にいろんな道具を使います。
けこう高い道具をすぐにだめにされてしまいます。
今ある道具もほとんどボロボロです。
なんでこんな痛み方をしてるのか、げたには想像もできないのですが、知らない人はそんなものです。
何千円もするノミをわずか1時間もしないうちに駄目にされてしまいます。
チェーンソーなんかダメにされたら、5-10万円の損害です。
こんなもの無料ではできません。
教わってる方にもいろんな理屈はあるのでしょうが、10年以上無料で頑張って建築を教えてきました。
限界です。
建築は専門の所でお金を払って習ってください。 -
小屋の柱が3本立ちました。
低温と雪のおかげでなかなか進まなかった小屋建築ですが、ようやく柱が3本立ちました。
今回は中心が5メーターと高い柱なので、足場建築にも手間取りました。
5メーターの柱は人力では立ちません。
足場にチリホールを設置して引っ張り上げました。
意外に簡単に柱は立ちました。げたは空いてる時間に、ゲストハウスの山の針葉樹を切っていきました。
チェーンソーが小型なので、あまり太い木は切っていません。
直径20センチくらいの松が大部分ですが、フジツルが絡んでて、1本ヤバかったです。
木を切るときは必ず、ツルが絡んでないか確認するのですが、確認を忘れてました。
山で木を切る場合は、このようなちょっとした油断が命取りになります。
明日は気を付けて切ります。 -
道路に土をまく。
最初は融雪剤をまいたのですが、距離が長いので効果があまりないので、土をまきました。
バックで凍った土を壊し、その下の凍ってない土を出し軽トラに載せ、其れを道に撒いていきました。
昨日は軽トラが上がれませんでした。
明日はまたひろみが出荷で下に降りるので大事を取って、かなり手間がかかる土マキをしました。
これも次の雪が降れば、また効果が無くなってしまいます。 -
車が引っくり返りました。
昨日の朝、出荷に行く車が途中で滑り始めて、そのまま横転。
初めての出来事です。
冬場に雪が解けた後、道がつるつるに滑るようになります。
対策はしてるのですが、少しスピードを出すとトンデモナイことになります。
細心の注意で、祭低速で動かなければならないのですが、つい油断するときもあります。
車はドアが壊れたぐらいで済みました。
冬の山奥の生活は、想像を絶するものなんです。
車はすぐにボロボロになります。
今年の寒さは尋常でありません。
この寒さが続くのであれば、冬場は下に移動も考えなければならないかもしれません。 -
種まき。農業が始まりました。
キャベツ、レタス、これは苗を作るためです。
ホーレンソー、サニーレタス、サラダ菜、これらは自家用に食べるためです。
種まきはハウスの中です。
外はまだ連日最低気温が10度近くです。
種をまいた上にパオパオ化、ビニールをかけます。
植えに何も掛けないと、発芽はしないし、すぐに乾燥します。
本当はトンネルのほうが良いのですが、トンネルは面倒なのです。
毎年このやり方で芽は出てます。
周に1回ぐらいは、結構暖かい日があります。
その時に発芽します。
発芽したら少々の低温でも大丈夫です。
2月下旬には、夏野菜の苗作りもスタートします。 -
小川雅弘、村中愛さんの講演会に行ってきました。
ママンカ市場以来の東京です。
講演会は結局あまりなじめませんでした。
なにしろ、一人だけ際立って浮く存在なわけです。
ああいう所に行ったら、げたはまさにホームレスが紛れ込んでる感じになってしまいます。
服装は理由はもちろん、みなさん浮いた人たちが多いわけです。
その中で、山奥で給自足をやってるげたが出かけていくのだから、これはもう、最初から接点を探すのにさえ苦労する状況なわけです。
ところで今回は、何か行かないとダメな気がして、行ってきたのですが、本人が分裂気味なので、よけいに溶け込めません。
世界が救われるためには祈りしかないのはよくわかります。
今のままでは、世界はとんでもないことになるのもよくわかります。
それでもやはり何かしっくりこないのです。
正直言ってげたは、この先の世界の状況は絶望的だと思っています。
希望を持ってはつぶされ、また絶望しては希望をもってと、これを長年やってきたのですが、もうなんか希望は出てこないのです。
最低大鹿村だけでも、少しでも多くの人たちが生き残ってくれることを願って現在を生きてます。
げたに出来ることはそんなに多くはありません。
希望はなくても生きていかなくてはなりません。
自分のできることを、ただやっていく、これだけです。
それでも希望を持って、世界のために祈ろうとしている小川さんと村中さんは立派だとは思います。
出来ることなら少しぐらいはお手伝いができればとも思いますが、げたは大鹿村で手いっぱいです。
外に出ると大鹿村のことがおろそかになってしまいます。
村内限定人間であることに誇りを持ってます。
まあ誇りと言うほどでもないんですが、なんというか、それでいいと思ってるわけです。
自分と、自分の家族と、それを大きくしたファミリーと、大鹿村、このぐらいで十分だと思ってるのです。
今の人たちにいくらまともなことを言っても無駄だと思ってます。
タブン、痛い目に合わないとわからない人たちは、痛い目に合うのも仕方がないと思うしかないのです。
なにしろ、福島の原発事故の後に、原発を廃止するどころか、原発のセールスをやっていて、戦争やる気満々の政府を支持してる人たちなわけです。
や張り大変な目にならないと、何も考えないと思います。
余り大変にならないうちに目が覚めてもらいたいものではあるのですが、それも無理だと思ってます。
毎回、この先は大変になると書いてますが、まだ決定的な状況は訪れてはいません。
この状況で、まだ何も大したことが起きてないのが奇跡的なことなのです。
でも本当に先はないですよ。
これしか言いようはありません。
皆さんの将来が無事であることをお祈りします。
一人でも多くの人たちが、この先の激変を生き抜いてくれることを祈るばかりです。 -
小屋建築、足場で苦労してます。
足場が高いので不安定になり、かつ材料が十分でないために何度もやり直しをしたりで、その上寒さと雪で時間がかかってます。
げたは安全第一主義なので、しっかりとした足場を作ります。
時間は仕方ありません。
急いで適当にやってけがをする方が大変です。
20年以上建築をやって、2回しか病院に行くけがはしてません。
これは優秀なんですよ。
建築はプロでも死ぬことがあるのです。
アマはどんなに時間をかけても安全第一でやらなければなりません。
このトンデモナイ寒さのおかげで、仕事は遅いですが、それでも少しづつでも進んでいます。 -
寒い。
連日マイナス10度を超えてます。
夕方ですでにマイナス10度。
刺すような寒さです。
鶏の卵が凍ってます。
卵を産んで取るまでに数時間かかるときがあります。
その間に凍って割れてます。
最高気温が晴れててもマイナス5度です。 -
大雪です。
大雪で約30センチの積雪、気温は夕方でマイナス10度。
油断して、手袋をせずに素手で10分仕事をしたら、軽い凍傷のようになりました。
夏はいいところですが、冬は大変なとこらに住んでるのです。
おかげで人もあまり来ず、平和なんですが、冬は本当に大変です。
なにしろ、昔は大変すぎて住めなかったところに住んでるのです。
昔人が住んでた限界の高度は1200メーター。それをわずかに100メーター越しただけで、すごく大きな差があるのです。
だから人が住んでなかったのです。
なんでこんな大変なところい住んでるんだろうと思うときはあります。
それでも好きに生きるには、なるべくほかの人たちとの距離を取るためにはやむをえません。
山奥でいくら好きに生きても、下の人たちは何の影響もありません。
なにしろ合わなければ、問題も起きません。
好き勝手に生きるには、やはり最低限の礼儀は必要だと思ってます。
人がいっぱい住んでるところでは、他の人たちにはいい迷惑なだけです。 -
小屋建築。
基礎が終わり、基礎の上に一段目の材が乗りました。
今回の小屋は床つきです。
小屋は普通床は付きません。
その割には床に直接置くことができないものが多くて、簡単なパレットを置いたりして対応してます。
今回の小屋に入るものは、ほとんど床にじかに置くことができないものです。
いきなり床を作るために、基礎を材でつなぎ、その材の上に柱が来て、同じ材の上に垂木を置き床を作っていきます。
今日は丁張りも解体したのですが、丁張りの杭が、地面が凍った時に立てたものです。
結構苦労して穴をあけて杭を打ったのですが、地面の氷が解けたので杭がぐらぐらになってしまいました。
基礎が終わってからなので問題はなかったのですが、あんなに苦労して売った杭が、意外にもそんなに深く入ってなかったのです。
基礎の穴を掘るのも大変だったのですが、冬場は何かと大変なのです。
それでも農家は、夏場に建築をやる余裕はほとんどありません。
何年か前に夏場に小屋を二つ立てたのですが、これはその時に居た手伝いが本当に優秀だったのでできただけです。
彼らは本当によくやってくれたのです。
建築は誰でもできるものではありません。
向き不向きがあります。
それでも田舎で生活すると、小屋の1軒ぐらいは立てないとダメなのです。
むいてない人でも何とかやってるわけです。
ただやはり強度的には問題があるケースも多くて、1回の台風で壊れる小屋もあるわけです。
今回はすでに大鹿村で生活を始めてる二人に、小屋の作り方を教えながら建築をやってます。
二人はなかなか頑張ってます。
やはりすでに田舎生活を始めてるので、後はないわけです。
手伝いの人は最終的には逃げれば済むので、そこが違います。
最近の人はすぐに逃げます。
ただ途中でやめるだけではないんですよ。
朝行ったら、居なくなってるんですよ。
ここは私には向いていませんから出ていきますとさえ言えないんですよ。
情けないですよね。
そもそも田舎生活をなめきってるというか、甘く考えてるというか、現実がわかってないんです。
田舎でのんびりとかスローライフとかは、適当なマスコミとかがでっち上げた幻想なんですよ。
田舎になんで人が減ったのか、それは生活が大変だからなのです。
街の方が楽だから、みんな街に出ていってるんですよ。
田舎生活は楽だからやるのではないのです。
自立して生きれるからやるのです。
自立なんて甘いもんではないんですよ。
街から逃げ出そうなんて考えてる人にやれるもんではないんですよ。
街でダメな人は、田舎ではもっとダメなのです。
現実を何にも考えないで、夢のようなイメージでここに来るので、ここからさえ逃げるのです。
ふりだしでの生活は、実際の田舎生活に比べれば、全然楽なんですよ。
そこでさえ逃げ出すようでは、絶対に田舎生活はできません。
もちろん多くの人がやってるような、街的に暮らす田舎暮らしは可能です。
自給自足は、自立した生き方なのです。
きついことを書きますが、現実は認識してもらわなくては、受け入れる側も迷惑なんですよ。
ふりだし塾に関するお問い合わせは、お問い合わせフォームよりお問い合わせください。 ふりだし塾にお手伝いとして入塾したい方は、お手伝い応募フォームよりご応募ください。