• 2014年2月17日

    豆腐作り。

    ひろみちゃんが連続して豆腐を作ってます。
    生の豆を一晩水に戻して、ミキサーで細かくして、ぬるま湯で搾ります。
    前は熱いお湯で搾っていたそうですが、熱いそうです。
    ぬるま湯の方が楽だと言ってます。
    この搾った汁が豆乳です。
    この豆乳を6分火にかけます。
    前は20分掛けてたそうです。
    その後ににがりを入れ、型に入れ20分重しをします。
    前は1時間やっていたそうです。
    20分立つと水の中に出して完成。
    2カップの大豆での豆腐作りが、1時間で出来るようになったそうです。
    本では完全にするために時間を掛けるのでしょうが、実際やる場合は時間がかかるといつも作れません。
    慣れるとおいしい豆腐が短時間で出来ます。
    まだ凍み豆腐まで行ってません。
    おいしいので直ぐに食べてしまうのです。

  • 2014年2月17日

    生きる、死ぬその境界は無かった。つづき。

    臨死共有体験の特色。
    1、神秘的な音楽が聞こえる。
    2、空間が変容して見える。
    3、周囲の人も神秘的な光を見る。
    4、霧のようなものが見える。
    以上が特色です。
    これをもって死後生命はあると確定したわけです。
    つまり、死につつある人だけではなく、周りの人にもその現象が現れるのは、もはや死ぬ人の脳の活動とは言えないからです。
    ムーディーさんの本は言葉を選んでます。
    センセーショナルな表現はしません。
    体験者の証言は、聞いたそのままを載せます。
    脚色はしません。
    これは、他の人のほんとの比較です。
    ほとんどの人は証言を脚色してるみたいです。
    詰まり自分の説に都合が悪いものは削除する、
    表現を変える。
    読みやすい。
    小説みたい。
    こんな感じが多いのです。
    彼が死後生命を中々認めなかったのでどうゆうことが起こったのでしょうか。
    詰まり、死後生命はあると確定すると、マスコミはセンセーショナルに取り上げます。
    その説は一人歩きし始めます。
    極端な人達の支持が増えます。
    一般の方は引きます。
    彼が確定しないので、医者はこういう研究もありますよと体験の人に語る事ができます。
    体験者に対応できるようになります。
    そして、もっとたくさんの人が研究を始めます。
    病院で臨死体験を語る事はタブーでなくなります。
    これだけ確定と、確定しないとでは違いが出ます。
    原発なんかもこういう人に出てもらいたいものです。
    こちらは本当の情報が知りたいのです。
    反対、賛成は横において原発自体と、放射能の影響をニュートラルな姿勢で研究してもらいたいです。
    他の事も同じです。
    TPPも同じです。
    反対派の人はアメリカの米の値段を言うときに、インディカ米の値段を言います。
    そしてアメリカの米の味のときは、ローズ米というジャポニカ種の米のことを言います。
    ローズ米は確かにおいしいのです。
    しかしローズ米のアメリカの値段は高いのです。
    日本の米とそんなに変わらない値段です。
    こんなインチキをして反対を煽るので、まともな人は反対の方から離れるし、話も聞かなくなってしまうのです。
    ジャポニカ種の米は手間がかかります、収量も少ないし、生産できる所も限られてます。
    圧倒的に水がいるのです。
    日本人の人はインディカ米も日本と同じ作り方だと思ってるみたいですが大きく違います。
    そう言うげたもだまされて他のですが。

    話は臨死共有体験に戻ります。
    死ぬ人に周りの人達に起こる現象です。
    これはげたにはよく理解できます。
    向こうの世界から見たこちらの世界はリアル感が無い。
    場がゆがむ。
    これらの現象は、ドラッグの経験者にはなじみのある現象です。
    つまり、LSDとかメスカリンなどはあちらの世界に行ってしまうのです。
    ドラッグだといって馬鹿にしては駄目なのですよ。
    ドラッグ全体をごちゃごちゃに論ずる事自体がナンセンスなのです。
    ドラッグを知らない人達がドラッグの事を論じても仕方が無いのです。
    真理探究には何でもありなのです。
    もちろん全ての人に大麻、LSD,メスカリン、アワヤスカを進めるわけではありません。
    向き不向きはあるし、それ以前の方には害が多いのは事実です。
    瞑想と同じです。
    話をうまくまとめれなくて申し訳ありません。
    直ぐに話が飛んでしまいます。
    話題が飛ぶ話なので若干フラッシュバックが起こるのです。
    空間が歪んでます。

  • 2014年2月15日

    大雪です。

    昨日から雪かきしてますが、道路の雪かきさえ終わりませんでした。
    雪かきの軽トラさえ雪もかけず、おまけに途中で動けなくなり、軽トラの回収に夜の7時半までかかりました。
    明日も雪かきです。
    あさっても。
    みんな埋まってる上、雪の置き場所がなくなってきてます。
    詰まり雪をかいてもどこかに持っていかないと駄目なのです。直ぐ横はもう雪で一杯なのです。
    小屋の屋根近くまで雪があります。
    こんな雪は初めてです。
    3日後にまた降るそうです。
    どうなるのでしょう。
    今朝出かけたじゅんぺいは今日は帰れません。
    道の雪かきが終わるまで車は出られません。

  • 2014年2月14日

    「生きる/死ぬ その境界は無かった」懐疑論者レイモンドムーディーさんを紹介します。

    死後生命を40年間探求して、ようやくでた結論。
    彼は長年臨死体験、催眠による過去生、死者と再開できる部屋「サイコマンテウム」、臨死共有体験と研究を重ねてきました。
    彼に対していつも質問される事は「死後生命はあると思いますか」です。
    彼は長年それはあるとは思いますが、それを確定できる事はまだ出来ません。と言い続けてきました。
    例えば同じ臨死体験を研究する、キュプラー ロスさんは直ぐに死後生命はあると本で発表しました。
    彼女はムーディーさんにも死後生命の確定を迫ります。
    ムーディーさんはそれでも確定はしませんでした。
    臨死体験には大きな反論があります。
    つまり、生き返ったわけですから、その間脳は生きてたわけです。
    その脳が見た脳内現象であるという指摘です。
    これはもっともな指摘です。
    生き返ったということは死んで無いということです。
    これを無視して、死後生命はあると確定すると、永遠に解決できない論争になってしまいます。
    これではより多くの人にこの現象を理解してもらい、また研究をスタートさせることは出来ません。
    普通はキュプラーロスさんのように飛躍して確定して本を出してしまいます。
    本としてはこれの方が売れるのです。
    ほとんどの人は飛躍して結論に飛びつきます。
    そして他の意見の人と猛烈に戦います。
    これの方が楽なんです。
    しかしこの楽な道を選ぶと、その説は一部の人達に熱狂的に受け入れるられて、それでおしまいです。
    多くの方々はそれに乗ることは出来ません。
    もっと悪い事はそれについて語る事が難しくなるのです。
    つまり、この飛躍して結論に走る人々は、かえってそれに対する研究の妨げにさえなってくる可能性まであります。
    この飛躍して結論を出す人のおかげで、死後生命の研究は遅れました。
    その中でムーディーさんはじっとこらえて、ひたすら研究を続けてきたわけです。
    これは大変困難な事なのです。
    げたは超常現象が好きなので年末にテレビでやる超常現象の番組を良く見ます。
    これを見たことがある人はよく分かると思いますが。超常現象賛成派のたま出版の社長と、反対派の大槻教授がやたらしゃべります。
    詰まりこの二人の極端な意見の方がテレビ局の好みであります。
    この二人は両極端にいるわけではありません。
    同じ位置に立ってます。
    詰まり片方は何でも簡単に信じてしまう。
    もう片方は絶対に信じない。
    これは両方ともその現象を真面目に探求しようとしていないところで同じなのです。
    この方達が日本の超常現象を真面目に研究するのにどれだけマイナスになったかは計り知れないものがあります。
    40年死後生命の確定をしなかったムーディーさんがついに死後生命を認めました。
    これは、彼のお母さんが亡くなる時に起こった現象が始まりでした。
    彼のお母さんが亡くなる時に親族6人がお母さんの周りで手をつないで見守っていたときです。
    それまで2日間昏睡状態だったお母さんの意識が回復して「皆をとても愛している」と言った時に部屋全体が変形したように思ったそうです。
    6人中4人までが自分が引き上げられて浮遊しているように感じたと言ってます。
    ムーディーさんも引き潮のような強い力で上方へ引っ張られるのを感じたそうです。
    そのときに親族の一人が「お父さんがお母さんを迎えに来ている」とベッドの方を指差しながら言いました。
    さらにそこにいた全員が、部屋の光がソフトでぼやけた感じになったと証言しています。
    それは、夜の水泳プールに映った光を見るような感じだったそうです。
    義理の兄弟は「私は自分の肉体が上げられ、母と共に別次元に行ったように感じた。」と語っています。
    それからムーディーさんは臨死共有体験の研究をします。
    臨死共有体験自体はすでに19世紀から研究されていたそうです。
    しかし現在までこの臨死共有体験は一般には認められていません。
    そうです、当時の人々もこれを真面目に捉えませんでした。
    詰まり一部の変な人達が言ってる事で、信じることは出来ないと結論を出したのでしょう。
    その現象について地道に研究した人はいないみたいです。
    もちろん居たのかも知れませんが、それは表には出なかったのです。
    これは支配する側の影響もあるのかもしれませんが、たぶんにこれを発表した人々の自滅でしょう。
    さて、臨死共有体験であります。
    これらの事は全部起こるわけではないのですが多くの事例で起こります。
    もう一つは臨死体験でも起こる、トンネルを潜り抜ける体験、明るく神秘的な光を見る、対外離脱、体験後に人生が変わるなどは臨死体験と同じ現象も起こりますが、これからのことは臨死共有体験の事例のみに起こることです。
    少しお休みします。
    第一に神秘的な音楽が聞こえる。

  • 2014年2月12日

    凍み大根と豆腐作り。

    凍み大根を大量に作っています。
    輪切りにして硬めにゆでた大根を、ワラを通して輪っこを作り干します。
    凍みなければならないので寒いときしか出来ません。
    ゆでた汁でカレーを作るとおいしいのです。
    豆腐はひろみちゃんが熱心です。
    高野豆腐も作る予定です。
    高野豆腐も凍みなければなりませんので、冬場の今がいいのです。
    おいしい豆腐を作るのは難しいみたいです。

  • 2014年2月11日

    干しりんご。

    干しりんごを作っています。
    りんごを8分の1に切って、蒸して、それから干します。
    孫たちが大好きです。
    りんごを蒸したときに、蒸し器の下の水にりんごからの果汁が落ちます。
    その蒸し器の下の水を煮込むとおいしいりんごシロップが出来ます。
    りんごの味の蜂蜜みたいでおいしいですよ。
    普通はあの水は捨てるのだと思いますが、もったいないです。

  • 2014年2月9日

    大雪です。

    膝上まで来てたので50センチくらいだと思います。
    昨日から除雪をはじめ、今日も1日除雪。
    明日も除雪です。
    雪をかいて下っていった軽トラが上がって来れませんでした。
    バックを出して雪をかいてようやく上がってきました。
    軽トラは2輪にチェーンを掛けてるのですが,4輪全部に掛けないと無理みたいです。
    上がらないのでタイヤが空転して、チェーンが外れてしまいました。
    チェーンが切れる恐れがあるので、明日は2セット買いに行きます。
    しばらく建築は出来ないかもしれません。

  • 2014年2月8日

    懐疑論者とパラノイア。

    前に生きるということを求める始めると、行きつく先は懐疑論者かパラノイアかのどちらかになると書きました。
    懐疑論について誤解があるといけないので書いておきます。
    懐疑論者とは反対や否定ばかりする人のことではありません。
    懐疑論とは直ぐに結論に飛びつかず、ニュートラルに真実を探求する事です。
    古代ギリシアでは懐疑とは心を拡げると言う事だったのです。
    懐疑論者は結論に到達しようとせず、考え、求め続けるのです。
    否定や反対論者は、強引に結論を出し自分の説が正しいと主張する人と同じです。
    悲しい事に99パーセントはこの根拠の無い確信か、否定論者です。
    彼らにとって真実はどうでもいいのです。
    取り合えず主張して本を売るか、賛同者を集めます。
    ほんのほとんどはこの類です。
    なにしろそうだとも言えるし,そうで無いとも言えるなんて、いっても誰も本を買ってくれません。
    「こうだ」と言えば意外と人は信じます。
    特にこう在ってもらいたいとその人が思ってる場合は、根拠も無視して信じてしまいます。
    信じないと生きられないのは分ります。
    とりあえず、いわしの頭でも、石ころでも信じたほうの勝ちです。
    気持ちは安らぐでしょう。
    世の中はこの信じたい病の方々であふれています。
    自ら魂を売り渡してしまうのです。
    信じると言う事は魂を売り渡してしまう事を意味します。
    この根拠の無い確信が、世の中を動かしています。
    懐疑論者はひたすら地道に道を追及していくしかありません。
    そしてそれは孤独な道なのです。
    求める道はその人だけのものです。
    お釈迦様が歩いた道は、お釈迦様にとっては真実への道だったのですが、他の人が同じ道を通っても真実には到達できません。
    私の道は私だけしか歩く事ができないのです。
    人に分ってもらいたいなんてのは期待しないほうがいいのです。
    人に求めるのは理解ではありません。
    理解ではなく、お互いがそれぞれの道を歩いていく事を認め合う事なのです。
    あなたのことは分りませんが、あなたが大事に思ってることなら、私も大事にしましょうと認め合う事です。
    何で私のことを分ってくれないのなんて思わないことです。
    人のことは分らないのです。
    もちろん分かり合えたと幻想を持つのは自由ですけど。
    私はパラノイアなのかもしれません。
    それでも懐疑論者として生きようとはしてます。
    さみしいものなんですよ。
    「魂の飢餓の叫びは誰にも届かない」誰かが言ってたような気がします。
    ただし本人はいつもこんな事を考えてるわけではありません。
    突き詰めればそうであるし。
    なるべくそのように生きると言う事にしか過ぎません。
    日常的には色んな事を信じて生きています。
    生き方については、なるべく色んな事を受け入れようとは努力してます。
    頭ごなしの否定はしないようにはしていますが、するときも多いのは事実です。
    高いところから落ちれば痛いし、下手をすれば死にます。
    このようなことに対しては疑問を持つのは結構だとも思ってますが、現実には高いところからは飛び降りません。
    詰まり現実への対応と、生き方はまた別の事なのです。
    仮定ではありますが、取り合えずその仮定に基づいて生きてるわけです。
    あまり突き詰めないようにはしてます。
    なにしろ突き詰めると生きにくくなります。
    ここいらは言葉で表すのは難しいですね。
    パラノイアの妄想でした。

  • 2014年2月8日

    ベランダの建築

    こんな感じです。

  • 2014年2月6日

    タイマグラばあちゃん。ジャガイモの粉作り。

    東北の岩手の山奥の村に住んでるばあちゃんのドキュメントです。
    米が取れないのでジャガイモを粉にして食べてました。
    じゃがいもをゆで、たぶん固めにです。
    手で大まかに皮をむいて、針金を芯にして丸い和っこを作ります。
    1つが小さなジャガイモ30個ほどだったように思います。
    小さいといっても中くらいの大きさです。
    その和っこを、沢で数日さらすと毒が抜けるそうです。
    毒がぬけたら色が変わります、
    少し濃い目の色だったように思います。
    その後に干します。
    寒さで凍って水が抜けていきます。
    乾いたらそのまま保存して必要なときに粉にするのでしょう。
    これは冬の寒い時期に作るものです。
    ペルーでは冬にそのままのジャガイモを地面に転がしていました。
    凍って少し水が抜けたら足で踏んでいきます。
    これは水を抜くためです。
    何度かふんで最後に乾いたものを保存していて、必要に応じて粉にします。
    ペルーの方式ではあくが抜けません。
    皮をむかないので自然に乾かないので足で踏むのでしょう。
    岩手の方法の方が優れているように思います。

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