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畑が始まりました。
イチゴの苗つくり、えんどう豆の種まき、鶏糞出し、いよいよ畑も始まりました。
結局建築は終わりませんでした。
これからは畑と田んぼが優先です。 -
軽トラが駄目になりました。
今日も道の砕石入れ。
いきなり1台の軽トラから異音。
これはシャフトが接触して出てるものだそうです。
修理屋はまだ仕事を続けるのなら直しても無駄なので、道が直ったら車を修理するとの事です。
強引な運転をしないと車は上がりません。
途中で何度やり直しをしても車が進まなくなりました。
パンクでその上に、タイヤを止めるボルトが1本折れてタイヤを外して変えることも出来なくなりました。
結局その車をまたもやバックフォーで引き上げ、軽トラ1台は修理代の方が高くつくので廃車です。
今日1日の仕事でようやく車が上がってくるようになりました。
きつい仕事ですが二人でやってるので気がまぎれます。
山奥で生活するのは大変な事なのです。
その大変が面白いと言えば面白いのですが、その大変の最中は面白いどころではないのも事実です。
これだけトラブルが続くとさすがに精神的に参ってたのですが、最後の軽トラが壊れたあたりから、何と言うか吹っ切れたというか、やけくそと言うか、なんとなく楽しくなってきました。
ここまでトラブルが続くともう言う事は無いのです。
泣いても何も変わりません。
もちろん怒っても仕方の無いことです。
最後は笑うしかないのです。
いつも口では自給自足は大変な生活だけれど、大変が面白いのだとはいっていますが、ハードな仕事で大変と、トラブル続出での大変は違います。
実際トラブルの最中はとてもじゃないけど、楽しくは無いのです。
今日は不思議と楽しく仕事が出来ました。
夕方製材機も1ヶ月ぶりに正常にできるようになりました。
製材気のトラブルで始まった今回の連続トラブルも終わった気がします。
気持ちが吹っ切れたと言う事は、流れは底を打ったという事だと思います。
高い修行ではありました。 -
ユング 「記憶、夢、思い」
ユングの臨死体験です。
そのとき奇妙な事が起きた。自分が、自分の何もかもが、抜け殻のようになってしまったようだった。
私が目指したもの、望んだもの、考え、この地上の存在の全ての幻影的なものが抜け落ち、私の内からなくなった。
それは非常な痛みを伴った経験だったが、後に何かが残った。
今や私は、私が経験したもの、した全ての事柄、私の周囲で起こった全ての事柄だけを持つもののようだった。
それらは私と共にあり、それらが私の全てだった。
私はそれらからなり、自分の歩んできた人生から成る者であって、非常な確実さを持ってそれを感じた。
それが私だった。
私は私としてかってあった者、かって成し遂げたものの総計だった。
この経験は私に、大きな欠乏の感覚をもたらしたが、同時に非常に満たされた感覚をもたらした。
もはや何もほしいと思わず、何も望まなかった。
客観的対象としてのみ私は存在していた。
私はかって歩み、生きたもの以外の者ではなかった。
当初、これは何かが抜け落ち、取り去られたという消滅の感覚だったが、突然、それは何かの結果ではなく、元からあるものになった。
全てが過去のものに思えた。
あるのは単にそこにある既成事実だった。
もはや何かが抜け落ちたとか、取り去られたという悔やみはない。
むしろ反対にかって自分として本当に持っていたもの全てを私は持っていた。
現実に3週間ほど経ち、私はもう一度生きようと決心することが出来た。
食べる事はできなかった。
どんな食物も受け付けられなかったからだ。
また私の病床から見える町や山々は、私には点々と黒穴のあいた、絵柄カーテンのように思えたし、意味の無い写真をちりばめたボロボロの新聞紙のようにも見えた。
失望だ、と私は思った。
「もう一度ボックスシステムに戻らねばならない」
というのは私には宇宙の地平線の向こうにには3次元世界が人工的に造られていて、その世界の人々はおのおのの小さな箱の中で事故と対座していると思われたからだ。
これこそが重要だったと、異な自分を納得させなければならない。
かっては人生と全世界が牢獄のように私を打ちのめしたものだ。
それらを秩序あるものとして理解すべきだという考えが、私をひどく悩ませた。
それら全てを脱ぎ捨てて、私はあのように喜んでいたのに、今また他の人と同じようにはこの中に糸で吊るされようとしていた、、、、、。この独特の経験ののち、ユングは死後の世界を思うことは完璧に正常であり、病的ではないと思ったと書いている。
むしろ彼は、死後の生命や神を思わない人のほうが病的だという。どうですか、理解できたでしょうか。
理解は難しいですが、死とは私たちが思ってるものとは違う可能性は大きいと思われます。
たぶん死についての恐怖こそ、私達に植え付けられた最大の思い込みと言うより、罠なのかもしれません。
死の恐怖を持たない人を支配する事はできません。
お金に価値観を持たない人を支配する事ができないのと同じ事です。
と言う事はお金に価値を見出すのも大きな罠なのかもしれません。
考えるのはあなたです。
臨死体験者の多くは死を恐れなくなります。
生き返ったとたんに、医者に何で生き返らせたんだと怒る人もいるくらいです。
死は避けるものではありません。
いつかあなたに確実に来るものです。
私達は神のことを追求するのと同じように、また死をも追求しなければなりません。
死を乗り越えたところに神はいるのでしょう。
この神は、特定の名前のある神様ではありません。
神様の事を知らない人がなぜ神様に名前をつけることが出来るのでしょう。
神様の名前でけんかをしたり殺し合いをするのは考えられません。
神様のことを知らないからこそ、けんかとか殺し合いはあるのだと思います。 -
大変な1日。
今日は1日道路の砕石入れ。
朝砕石を取りに行ったのですが、行きから異音がしてたのですが、帰りの登りで異音が大きくなり止って調べても異常は見つかりませんでした。
今日から手伝いに来ているイナッチが後ろの軽トラを運転してたのですが、再度出発した直後警笛で止まると、タイヤがおかしいとの事。
急いでタイヤを調べると、タイヤのナットが落ちる寸前。
重い砕石を摘んでるので積載のジャッキでは上がりません。
取り合えずもう1台の軽トラで家まで帰ったのですが、荷物を積んだ軽トラは余計上がりません。
何とか砕石を道路に撒いて、昼ごはんも食べずに故障の軽トラのところに戻る。
タイヤを入れ替え、その軽トラの砕石をもう1台の軽トラに半分載せて、また2台の軽トラの砕石を道路に撒いて、撒いても撒いてもズルズルの道は良くなりません。
その上撒き終わった軽トラが今度は途中で上がらなくなり、そこで昼食、
昼食が終わったのは3時40分。
それから2台の軽トラをバックで引き上げ。
その後に帰ってきたひろみちゃんの車を引き上げ。
結局1日に3台の車を引き上げました。
今は車は上がれません。
寒さのせいで凍結深度が深いため、下まで氷が解けないと車は上がりません。
1週間は車は上がらないでしょう。
さて今日で3月は終わりです。
この機械のトラブルが今日で終わることを祈ります。 -
今日は停電。
夕方突然停電。
ここは問題はありません。
何時でも予備電源はあります。
しばらくしたら復旧しました。
備えあれば憂い無しではあります。
自給自足の場合は自分で最悪を想定して対策を立てておかなければなりません。
どこかの国の政府のように想定してませんではすまないのです。 -
車が上がりません。
道路がどろどろで車が上がりません。
今までで最悪です。
今日は運悪く3台の車が上り下りです。
上がれたのは空荷の1台だけ。
1台はバックで引き上げました。
もう1台は引っ張る場所が壊れ道路に置いたままです。
この車も何回も強引に引っ張りあげてるので、前部の下はかなり問題が起きてます。
この車はもう引っ張る事も出来ないので、これ以降は危ないときは上がれません。
一冬に何回もこんな事を繰り返してるんですよ。
これから1週間は最悪になりそうです。
詰まり車はバックで引っ張らないと上がれません。
ところがこういうときに限って下に用が出来るのです。
軽トラも何回も引っ張ってもう引っ張るところが壊れきってます。
毎年ヒノキは大きくなり道路はますます悪くなっていきます。
針葉樹の横だけ問題が出るのです。
詰まり日が差さないところは中々氷が解けないので道路がぐずぐずになります。
暖かくなっても凍りは中々解けません。
日陰の地面の下は特に解けるのが遅いのです。
氷が解けてしまえば晴れた日が何日か続くと道路は安定します。
正直こんなに山奥に住むのは嫌になる時も結構あるんですよ。
まだ機械のトラブルは終わって無いようです。 -
機械のトラブルはまだ続いてます。
昨日ようやくバックフォーの修理が終わり、田んぼと段々畑の工事をしました。
最後には田んぼ予定地でバックが沈んでいきもろ恐怖でした。
何とか引き上げましたが、もし動かなくなると出す手段はありません。
道が狭いので大きな重機は上がれません。
もがけばもがくほど沈んでいくのが恐怖でした。
その後キャタピラが片方外れているのを発見。
これが沈んでいるとき外れたらアウトでした。
不幸中の幸いです。
今日はキャタピラの直し。
これは結構大変な仕事なのです。
散々時間を掛けて最後はガッチャでキャタを引いて強引に入れました。
疲れます。
先月から1ヶ月あまり、一つが直ると次の問題が起き、1ヶ月間まともに仕事は出来てません。
詰まり一番やらなければいけない仕事が出来ないのです。
精神的に結構参ってます。
それでも4月からの手伝いが3人になったので気分は少し回復しました。
機械のトラブルはこれで終わりにしてもらいたいものです。
明日から製材に戻ります。
製材機の調子が今一不安ではありますが。畑にまた鹿が入り玉ねぎを食べられました。
玉ねぎは7割がた被害にあってます。
全部鹿ではなく、寒さで駄目になったのもあるのですが、玉ねぎが消えた事は確かです。
今年は玉ねぎの自給は無理になりました。
鹿の被害が大きいのでついに鹿を殺したいと思ってます。
畑に入り始めた鹿は殺すまで入ってきます。
鹿が悪くないのは分るのですが、現実問題としてこれだけ被害が大きいと我慢にも限界があります。
悲しい事ですがこれが現実です。
鹿はかわいそうなのですが、人間が生きていくためには彼らを減らす以外道はありません。 -
また冬になりました。
昨日夕方マイナス3度。
今朝マイナス8度。
今日夕方マイナス2度。
真冬です。仕事はボカシ肥作り。
新しいボカシ肥を作るために、ミキサーを買いました。
小型なので1回に作れる量は少なく、時間は余分にかかりますが、体が楽です。
体が楽なので仕事は楽しくやれます。 -
岩沢さんの不耕起農法。
これは若い人達に任せることにしました。
若い人達3人がこの農法に取り組む事になりました。
毎月1回長野の小布施町まで習いにいくそうです。
こちらは危ないところはありません。
実績もあり、なおかつ起こさない、冬季に田んぼに水を入れたままにすることにより、田んぼに多くの生き物が帰ってくるそうです。
習いに入ってる田んぼではドジョウがたくさんいて、何匹か貰ってきたそうです。
田んぼに鳥が来るそうです、蛍も戻ってくるそうです、その他色んな虫や、動物が集まってくるそうです。
冬季に水を張るので糸ミミズが大量に発生して、糸ミミズが有機物を分解して場合によっては肥料が過剰になることもあるそうで、基本肥料もいりません。
糸ミミズが作るトロトロ層によって草も生えなくなるそうです。
これが実現できれば大鹿村の田んぼは生き返ります。
問題は冬季に水をと言うより一年を通して水がいるので水路の維持が大変です。
一番の問題は周りの田んぼの方の理解が無いと出来ません。
ゆっくりやっていきます。
少しづつでも現実に変えていきます。
目標は村全体での無農薬農業です。
落ち込んではいますが、確実に変えてはいってます。
落ち込んではいても何もしないでは永遠にそこで止まってます。
むしろ落ち込んでるときこそ、いろんな事に挑戦すべきだと思っています。 -
アートテン農法を始めます。
アートテン農法とは畑の周りに基本4箇所情報を入れたカードを吊るすという農法です。
えっちょっと待ってという方はまともです。
普通ならこの農法はやりません。
現在でも自分なりのやり方で高品質の農産物を生産していると思っています。
当然ですが、そこに満足してるわけではありません。
いつも新しくて良いやり方があれば取り入れていってます。
この農法は農地の磁場の情報を上げるというのですか。
農地で病気が出る、害虫が増える、味がまずい等は、何らかのマイナス要因があるのでそのマイナス要因の情報をプラスにする。
詰まり、聞いてもよく分からない理論です。
やってみるしか仕方ないものではあります。
ではなぜやるのか。
ひとつには農業における絶望的な現状です。
もう一つは私達のような農業は若い人達にはとてもじゃないけど進めることができないのです。
労働の割りには収入が少なすぎます。
良い品質の農産物を作っても価格を上げることができません。
消費者は値段と見てくれ以外には気にしません。
ましてや農業のおかれた現状には無関心です。
このままでは日本の農業は崩壊してしまいます。
普通のやり方ではこの現状を突破できるとは思えません。
今回の農法は賭けです。
幸い費用のほうは今のところ1万円の入会金だけです。
他に尼崎までの交通費と講習会、懇親会と宿泊費で2万ほどかかりました。
後の経費は今のところ発生しない模様です。
主催の大和肥料さんから肥料は買いますが、肥料はどの道買わなければなりません。
出来るだけ自分で作る堆肥と肥料は継続します。
味の良い農産物が取れ、なおかつ働いていても元気が出るようです。
それ以外にもいいことは一杯書いてはいますが、一応妄信はしません。
例えば害獣が来なかった、ネズミにやられなかった、害虫がいても作物は害が無い、雹が振っても害が無かった、台風でも被害が少なかった、ハウスが飛ばなかった。
これらの情報はあるかもしれないし、無いかもしれない、詰まりそれぞれが条件も違うわけで、やってみないと分りません。
今までの経験からして、色んなやり方でそのとうり行った事はありません。
失敗する人もいるはずです。
普通は失敗例を出しません。
それでも何か感じるものがあってやって見ます。
研修会に来ていた方々はとても面白い方々です。
中には抵抗を感じる方もいましたが、さすがに歴戦の勇士が多いと感じました。
詰まり、普通は戸惑うけど、あえてやってみようと言う方々です、普通であるはずはありません。
それでも印象はいいのはさすがに長年農業の最前線でやってる方々はそれなりの方です。
ともかく面白いと思っています。
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