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鹿除け柵。
今朝は0度。
まだ寒いです。
梅もまだ咲きません。
それでもスイカ、トウモロコシ、ズッキーニ、ひょうたん、ケツメイシ、キュウリ、などの種をまきました。
ハウスにストーブを入れなければなりません。
遅すぎると実らないものもあるのです。
鹿の柵を作ってます。
彼らと平和にやっていくためには、柵で敷地を全部囲うしかありません。
敷地が広いので3年目ですがまだ半分を少し過ぎたぐらいです。
柵を作ると切れなくなる木があるので、昨日は木を切りました。
手伝いの人達には始めてのチェーンソーを使っての仕事です。
もちろん木を倒すのはげたですが。
倒す場所が3メートルぐらいの木の間しか無いので最初の1本目は失敗しました。
木に引っかかり、引っかかった木を切るとき逃げるタイミングが悪くて、落ちてくる木の下で少しボーっとしてました。
危なかったです。
他の木はうまく倒せました。
これは結構難しいことなんですよ。
昼間は結構暖かいのですが夜になると冷えてきます。
いつまで寒さが続くのでしょう。
畑もゆっくりと始めてます。
製材の時間が十分取れません。 -
梅が咲きません。
また製材機のチェーンソーが壊れて飯田まで修理に行って来ました。
桜も過ぎて桃が咲いてました。
大鹿村も桜が満開に近く、びっくりです。
ふりだしではまだ梅も咲きません。
3日連続でマイナス3度です。
夏野菜の苗の鉢上げも出来ません。
下の人達にはちょっと寒いぐらいなんでしょう。
山奥はとんでもない状況です。
まだスタッドレスタイヤを履き替えていません。水仙がようやく咲きはじめです。 -
臨死共有体験をしたかたはいませんか。
永遠の別世界を垣間見る臨死共有体験、レイモンドムーディー、ポールベリー、ヒカルランド。
死に行く人の周りの人が体験する、臨死体験に似た現象、これが臨死共有体験です。
多くの場合、死んでゆく人と一緒にいる人が、死んでゆく人の魂が体から離れる状態を見たり、煙のようなものが体から出て行くのも見たり、不思議な音楽を聴
いたり、表現できないような光を見たり、空間がゆがんだり、死んだ人と一緒に魂が体からはなれたり、死んだ人と一緒に死んだ人の人生回顧を見たり、こんな
現象のことです。
臨死体験の場合よく言われる反論は、その人の脳はまだ生きてるので脳が見る現象であると言うものです。
ところがこの臨死共有体験の場合は本人は死にそうになってるわけではありません。
それだのに臨死と同じような現象が起きてるわけです。
この場合も反対論者はヒステリーとか色んな事を言ってます。
詰まりこういう現象は確定なんて出来ないのです。
反対する人は反対させて置けばいいのです。
私はこの臨死共有体験こそは死後の世界があることの証明だと思います。
この体験をした人は死を悲しみません。
死んだ人は素敵なところに行った事を体験してるからです。
同時に死を恐れなくなります。
日本でもたくさんの人がこの経験をしてると思います。
レイモンドムーディーさんの公演ではみんなに聞くと結構たくさんの人がこの経験をしているそうです。
それならば日本にも多くの臨死共有体験をした人がいるはずです。
日本ではこの臨死共有体験を本にしてる人はいません。
研究してる人はいると思いますが。
この死後の世界を証明する事は、これからの私達の生き方に大きな影響を及ぼす事です。
ぜひいろんな方に臨死共有体験を研究してもらいたいものです。
そこでお願いです。
この記事を読んだ方で臨死共有体験をしたかたは、ぜひこの掲示板にその体験を書いてください。
この本はぜひ読んでください。
1800円と少し高いですが、死が怖くなくなることを思えば安いものです。 -
江戸時代から見える日本。
百姓の力、渡辺尚志、柏書房。
江戸時代の村を調べて、そこから現代へ通じる問題が起こってるのではないかという本です。
百姓とは農業だけでなく、村で生きる人の中で、村が認めたものを百姓と呼ばれてました。
各家で家長のみです。
百姓というのは、勝手に名乗れないものだったのですんね、
元来村は土地についても明確な所有権はありませんでした。
そこに江戸中期から貨幣経済が急速に入ってきました。
貨幣経済が入ってくれば来るほど、一部の人達に富が集中していきました。
同時に村の共同社会は徐々に崩れていきます。
貨幣経済が村をここまでにしてしまったのです。
貨幣経済とは搾取の方法にすぎないのです。
お金は多いところにより多く入っていきます。
少ない人はますます少なくなっていくのです。
日本も一時はみんなが豊かになっていくと錯覚しましたが、結果的には貨幣経済の波に飲まれてしまいました。
自給を崩して、専業化して、よりたくさん稼げるかと思えば、どういうわけかだんだん貧しい人が増えていく。
これが江戸時代の農村の実態です。
誰なんですか、江戸時代は理想的な社会だったなんて、ろくに江戸時代の事も知らずに大法螺を吹いてる人は。
たぶん縄文時代もそんなもんでしょう。
詰まりかって理想的な社会は一度も来ていないのです。
一度自給をくずせば後は雪だるま式に大部分の人は貧しくなっていくのです。
一部の人に富が集中すれば、残りの人が貧しくなるのは当たり前です。
こんなに単純な事なんですよ。
大学で経済を難しそうに教えてるのは、ともかく訳分らないようにして、事実を隠蔽してるからなのです。
真実は単純なのです。
そして明治の中ごろになって、土地の私有が確定して、村は崩壊してしまったのです。
巣出ぬ昔から駄目になっていたのです。
戦後の農地解放で少しは良くなったものの、また同じ道に進んでいってます。
一部の人に農地を集約してなんて、また昔に戻るだけなのです。
土地は誰のものでもありません。
共産主義は、土地と富の一極独占ですよ。
最悪な選択が共産主義なのです。
労働者のものでは無いんですよ。
地域自給自足でとちはみんなの共同利用するものにする必要があります。
お金は最低必要なものを村が作って流通させればいいのです。
お金も土地も使えるだけにすればいいのです。
お金をためるから問題が発生するのです。
地域の共同体がしっかりしていれば、保険も年金も必要ではありません。
保険も年金もそれで儲けてる人がいるということは、ほとんどの人は損をしてるのです。
江戸時代初期はまだ貨幣経済はほとんど村に入ってきていないので、比較的平和で平等な社会だったわけです。
といっても武士が一定の年貢を取ってましたので、それ分余分に働かなくてはならなかったのです。
武士なんていっても、元々盗賊なんですよ。
えらそうに武士道なんていってますけど、超インチキなんですよ。
日本なんていってますけど、これもインチキですよ。
国があるから搾取されるし、戦争があるのです。
私達には国は必要ではありません。
世界連邦なんて、世界独裁にすぎないんですよ。
国連なんてのもインチキ集団にすぎないのです。
そもそも国連ではないですよ、あれは連合諸国と訳すのです。
つまり、戦争で勝った連合国の集まりなのです。
日本が地位の低いのは当たり前なのです。
戦争で負けて、戦争犯罪人になった人達が祭られてる靖国神社に首相が参拝するからアメリカも、ヨーロッパも怒ってるのです。
国があるとこんな事になってしまうのです。
それで、中国は悪い、韓国は悪いと大宣伝してるのです。
マスコミに煽られて中国と韓国が嫌いになった人達、中国でも韓国でも一般の人達は私達と同じなんですよ。
つまり、いい人も悪い人もいるけど総じて大部分の人達はいい人なんですよ。
というより普通の人達なんです。
国なんていうからおかしな事になってしまうのです。
茶番ですから国の指導者はとんでもない人がなってしまうのです。
自分たちの足元が危ないので他の国に興味を持っていくのです。
歴史を勉強してください。
みんなこれですよ。
徳川家康も、豊臣秀吉もみんな泥棒の大親分にすぎないのです。
それで、歴史をでっち上げて自らを美化するのです。
歴史を勉強する場合は基本的に勝った人達が作ったインチキの集合が私達の習う歴史なんです。
偉人も賢人もいなかったのです。
ただ貧しい多数の人と、一部の権力者がいたにすぎません。
これは全ての歴史でそうです。
私達の習う歴史は全て嘘なのです。
事実を権力者が美化したものです。
今特に良く言われてる人達が悪いやつらなのです。
国とか、権力者の支配の仕方を良く知らないと、結局とんでもない事になってしまいます。
地方の経済圏が独立して他を侵さない、自分の経済圏では働かない人が収入をたくさん取る事をさせないシステムも構築する。
土地を持っている、お金を持っているだけで働かなくても食べていける、働いてるけど難をしてるのか分らない、実質的に生産をしない人を減らす。
これを書いたらまた一部の怖い人達が弱者を差別するのかなんていいそうですが、これは違いますよ。
これぐらいのことは理解しましょうね。
インテリジェンスが足りないので言葉尻で噛み付いてくる人がいるんですよね。
これは言いすぎですが、ちょっと興奮しました。
妻栄働く能力がある人で、生産しないで食べている人が増えれば増えるほど、生産する人は貧しくなるのです。
組織とか集団は大きくなるほどこのような人達は増えて生きます。
日本人がある程度豊かなのは、世界中から盗んでくる国の下でこそこそおこぼれをいただいてるからなのです。
これは恥ずかしい事です。
私達は名誉の貧乏人になるしかないのです。
物も金もたくさん持っていないけど幸せに生きてます、これが自給自足の生き方なのです。
後は無い人同士で助け合って生きていけばいいのです。
大鹿村はこの自給自足が確立する絶好の位置にあります。
この村を自給自足の村にする。
それが大鹿ふりだし塾がやろうとしてる事です。 -
マイナス7度、
今朝の気温です。
とんでもないでしょ。
梅が全然咲きません。
道がまたとんでもない状態です。
車が上がらず、バックで引き上げ。
毎日車を引き上げなければなりません。
昨日は宅急便やさん。
今日はもう一台出かけてるので、夜にまた引き上げなければならないかもしれません。
いつまでこれが続くのでしょう。
今日も道直しもしました。
直しても直しても車が下に下りていくのでまたやり直し。
同じ家族でもこんなもんです。
げたはこんなときは下に行きません。
道直しにこんなに時間を掛けてるのに他の家族は気にしません。
他の人達は自分でやって無いので大変さは分らないのでしょう。
自分たちの都合ばかり言って下に出かけていきます。
気温がプラスになって1週間ぐらいしないとみちは安定しません。
今年は今までで一番遅くまで道が落ち着かない年になるでしょう。
だんだん寒くなってきて、山奥の生活はきびしくなってます。
キャベツもレタスもまだ定植できません。
昔はといっても何年か前まではですが、3月末には定植してました。
サニーレタスの種もまだ蒔いてません。 -
油を500cc絞る。
外は雪で室内で油を絞りました。
今回は回転式の油搾り機。
3時間で500cc搾れました。
ひまわりです。
朝から殻を取って、総合すると準備と後始末を入れると6時間ぐらい。
やはり時間はかかります。
早く大鹿村にも油屋さんを作らないと大変です。
ひまわりが搾るのが簡単なのでひまわりを増産します。
品種も寒いところでも作れるロシアンひまわりにします。
ひまわりの品種の名前は忘れましたが、オイレン酸が多いとか酸化しにくいとかなのですが、暖かいところで作らないとその成分が十分出来ないとかで、下の畑で作ってます、ふりだしでは農地の主力は寒い1500メーターの場所です。
主力の畑は余裕があるのでそこで作れる品種の方がいいという判断です。
ひろみは色々こだわってますが、げたにとっては油は油です。
なんか色んな情報に惑わされてるような気がします。
その土地で作りやすい品種が一番です。
面倒なんです。
げたの農法はめんどくさいのはいや農法です。 -
雪です。
外は雪が降ってます。
朝起きると雪景色。
冬です。
醤油搾り3日目。
醤油のもろみを入れる袋を8枚に増やしました。
順調に搾れてます。 -
醤油搾り2日目.棚田作り、梅の木の選定。
朝はマイナス4度、夕方はマイナス2度。
冬に逆戻りです。
朝から醤油絞りの続き。
醤油を絞るために、袋2枚に分けてもろみを入れ搾っていたのですが、袋を増やしました。
醤油屋では1枚の袋は厚みはあまり無く、たくさんの袋に分けて、それを搾ってたので、袋を増やしました。
醤油は本来家で作る人はほとんどいません。
味噌は家で作っていました。
それだけ醤油つくりは難しいものなのでしょう。
3回分あるのですが、まだ1回目が終わりません。
今年の醤油の原料は1回目は大豆と小麦、2回目は黒豆と裸麦、3回目は黒豆と小麦です。
1回目の味は薄い。
昨年の大豆とヒエがおいしかった。
搾るのは男二人がかりです。
1回目は今日も終わりませんでした。棚田を作ってます。
思ったようには行きません。
それでも今は重機があるから早く出来ますが、昔は本当に大変だったと思います。
重機が無い時代はひたすら手で作業をしてたのでしょう。
頭が下がります。
それでも生きていかなければならなかったので、そんな事を言ってる間もなかったでしょう。
何代にもわたって仕事の積み重ねが棚田なのだと思います。梅ノ木の選定が面白いのです。
今まで選定がこんなに面白いとは思っていませんでした。
今年は娘たちが中学校の横でブルーベリーを始めます。
剪定をしてたのですが、取りやすいところを残すとの事でした。
これは目からうろこでした。
そもそも剪定の本はあります。
ところが剪定の本を書く人はプロです。
剪定の仕方も色々あって、かえって的が絞れません。
用は取りやすいところを残す。
これです。
アマは失敗してもいいのです。
こういう風に考えると楽なのです。
もちろん今までにも剪定はやってますから、基本は出来てるのですよ。
間違わないように。
基本が出来てから、好きにするです。
基本もできて無いのに自分の思いどうりにやると失敗するでしょう。
木は失敗するととんでもない損傷を受けます。
ナシの剪定で強引に切り込んだら木が死にそうになりました。
木を切る場合も切り方によっては木は死んでしまいます。
木にもよります。
自然との付き合いはマニュアルどうりに行きません。
あくまでもケースバイケースです。
ひたすら経験と勉強が必要です。
そういう意味でもこのふりだし塾は意味があります。
今までの私達の経験の集積、早い話が数々の失敗の集積でもあります。
これにより現在の私達の生活があります。
今現在、昔からの生活をしているお年よりは絶滅の危機に瀕してます。
私達の求める生活をしている人は本当に少なくなってしまいました。
詰まり私達も絶滅危惧種なのです。
村にもっと自給を真剣に考える人が増えなければ、村自体も崩壊してしまいます。
自給はある程度の人達が共同でやらなければ維持できません。
その共同を如何にうまくやっていくかです。
昔がいいわけではありません。
昔も多くの問題があったのです。
新しい形の地域共同を創生していかなければなりません。
より多くの自給を志す方の入村をお待ちしてます。
げたはこの大鹿村を日本のこれからの新しい生き方の手本になるくらいの村にしたいと思っています。
古いいいものは残しますが、問題の部分は改善していかねばなりません。
大鹿村を自給自足の村にするのが私の目標です。 -
醤油と油絞り。
雨で醤油を絞ることにしました。
醤油搾り機が古いので釘が腐食で折れてる部分が何箇所もあり修理してから使いました。
順調に搾れて今日から自家用の醤油です。
孫たちはこの醤油だと醤油ご飯でよく食べます。
全部自分たちで作った醤油です。
いまどき無農薬の材料で無添加の醤油は自分で作るしかありません。
醤油の仕込みはもう少し暖かくなったほうが、醤油麹を作りやすいのですが、あんまり遅くなると農作業にかかります。
油絞りはひまわりを圧縮式で搾りました。
圧縮式の油は加熱しないので澄んだきれいな油が絞れます。
シリンダーから搾りかすを出すのに苦労しました。
醤油も油も時間はかかります。
特に醤油は1日かかります。
ゆっくり圧を掛けていきます。
醤油も昨年は押し蓋が取れなくて苦労しました。
油も木で油絞りを作りたいものです。
木の方が優しい油が絞れそうです。
構造はかんたんなのですが、作るのには1日以上かかると思われます。
今のところは暇がありません。
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