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台風対策。
大型の台風がもろに来る可能性があります。
明日は運動会ですが、げたは残り台風対策です。
今日も台風で倒れる可能性のあるヒエの刈り取りをしました。
ヒエはまだ緑で完熟してません。
今年はほとんど全部の雑穀類は早刈りです。
残る雑穀はタカキビとヒエですが、これはもう全部倒れるでしょう。
タカキビも場だ収穫には早いのですが。
ヤーコンも倒れるでしょう。
花豆が心配です。
今まで台風のたびに倒れています。
今年は改良して高さを低くして幅を広くしたのですが、これで持つかどうかは分りません。
後は小屋類がどうなるかです。
過去の台風では屋根のトタンが飛んだりしています。
干してる稲も倒れる可能性はあります。
ただ台風対策といっても、倒れる前に収穫する以外には方法はありません。
稲の主力が終わってるので、米に関しては大して問題はありません。
後は家がどうなるかです。
今日はエゴマも収穫しました。
昨日は玉ねぎ苗の定植と、ニンニクの種植え。 -
ゲタさんありがとうございます
自給自足生活に関しては全くの未経験でど素人なので、反論したり否定をしたりする気などは毛頭ありませんし、
全て言われた通りにやらせて頂こうかと思っています。
都会の生活にはもうこれ以上先がないと思いますし、何か一つでも掴んで帰れればと思っています。
シルバーバーチの霊訓は一巻が特にお勧めです。
読む人を選ぶ本ですが、ゲタさんならきっと手ごたえを感じて頂ける内容だと思います。
私も本は沢山読んで来ましたが、何回読んでも飽きない本は初めてです(笑)。
それでは近い将来お会いできる事を楽しみにしております^^ -
古代米の稲刈りと、サツマイモ堀り。
自然農風の田んぼの古代米の収穫と、水口で登熟の遅れていたアキタコマチの刈り取りをしました。
まだ自然農の田んぼには、イセヒカリとハッピーヒルが残っています。
ふりだしの家の田んぼもまだまだ稲刈りは無理そうです。
10月末になりそうです。
サツマイモは少し早すぎたみたいです。
ベニアズマは太ってましたが、シルクスイートとパープルスイートはまだ太ってませんでした。
昨年は10月末に収穫でしたが、少し勘違いで早く掘ってしまいました。
この後に人が減るので、いそいでしまいました。
まゆみちゃんとボーイフレンドのくまさんが来てくれるのが確定したので、一安心なのです。
10月半ばに来る予定の方が来なくなったので、こういうことは続くので、彼女たちも来るかどうかは分らなかったのです。
これで10月末も3人の手伝いが確保されて安心です。
なにしろ昨年も10月は突然失踪事件なんかもあって、人がいなくて大変だったのです。
食欲の秋であまりに食べ物がおいしいのでみんな少し食べすぎぎみです。
くりとキノコがいっぱいです。
くりご飯と、クリタケご飯は本当においしいのです。
お代わりしないのは不可能なのです。
小食にしましょうと書いた直後なのですが、つい食べ過ぎてしまいます。
まあ私達のは自分で作ったものなので、少し食べ過ぎても問題は無いと持っています。 -
パグさん投稿ありがとうございます。
ここは本来掲示板なのですがほぼ投稿はありません。
げたが投稿をチェックしないので未確認の投稿もあるかもしれません。
基本そのときの気持ちを書いてるので、後から書いたことを反省したりもするのですが、記事の訂正はしません。
「シルバーバーチの霊訓」は読んだ事はありません。
非常に興味がでましたので早速ネットで探して見ます。
感想を書いた本を買って読んでくれる人がいるのが具体的に分ったのはうれしいです。
ここで書いてる割には、ふりだし塾へ来る人は増えないので、ここで書いてることがかえって来る人を減らしてるのかもしれないとは思っています。
それでもうそは書けませんから、仕方ないとは思っています。
40過ぎでもこちらの指示に従ってくれるのでしたら問題はありませんよ。
ようはふりだしに戻って、ゼロから再出発していただければいいのです。
自給自足に関してはこちらは長年やってるわけです。
長年やってるからといって一番いい方法でやってるとは思っていません。
基本面倒くさがりやなので、より良い方法があっても、そのやり方がなれてますし、より時間がかかったり、面倒なやり方はやりません。
つまりふりだしでやってる事は、一つの例であって、それを間違ってるとか言われても困るわけです。
若い人は相対的に素直なんですが、年が上がるほうが素直で無い傾向はあります。
これはあくまで相対的なものです。
文章からの感じは、すっきりしています。
どうぞ何時でも来てください。
本を読んでる人との話は楽しいものです。 -
はじめまして
ゲタさん、はじめまして。
ブログをいつも楽しく拝見しています。
ふりだし塾の思想にも共感を覚えております。普段はロムっているのですが、昨日の記事に大変共感しましたので、思わずコメントを入れてしまいました。
これは本気で人生を真剣に生きたいと思う人なら、絶対に避けて通れない問題だと私も思っています。
過去にゲタさんが紹介された、「死後の世界が教える人生は何の為にあるのか」
「あの世に聞いた、この世の仕組み」「アナスタシア」等も読みました。
他にも「ビジョン」「黎明」等、色々読みました。“甘いぶどう”が欲しくて長い間散々探し求めましたが、私が最後に行き着いたのは「シルバーバーチの霊訓」でした。
結局、一番最初に手にしていた本が、一番探し求めていた物でした。
他の本もそれぞれ素晴らしいのですが、正直な所、この本を読んだ時ほどの深い感動は生まれませんでした。
しかも、何回読んでもその感動が消えないどころか、ますます深まるのです。
本当に不思議な本です。ゲタさんはスピリチュアルという単語があまりお好きではないかと思いますが、もうお読みになりましたでしょうか?
ゲタさん程の読書家ならもうとっくにお読みになっているかもしれませんが、聡明かつ先見の明がある方がこの本を読んだ時に、
どんな感想をお持ちになるのか以前から気になっておりました。単純に興味本位で書き込みをしてしまってすみません。
いつかブログで、読後の感想を読む事が出来たら嬉しいです。
ふりだし塾にも、近い将来、お手伝いに伺いたいと思っています。
40歳と若くないので、参加資格はないかもしれませんが…^^;
もし宜しければ、その際は何卒宜しくお願いいたします。それではこれからもブログの更新や、ふりだし塾の今後を楽しみにしております。
失礼いたしました。 -
3界の狂人は狂せることをしらず。
立花隆 生、死、神秘体験より。
人でも生物でも自分が知ってる世界だけが世界の全てだと思ってしまう。
自分に見える世界だけが世界の全てだと思ってしまう。
知らないものを「ない」といい、見えないものを「ない」といってしまう。
正しくは「ない」ではなく「私は知らない」または「私には見えない」というべきである。
しかし人間は知らないことを知らないままにしておく事には耐えられない動物である。
知らない事は何とかして知ろうとする。
しかしどんなに努力してもわからないということはあるものだ。
原理的にはそれを知る事が不可能というものがある。
しるほうほうがないということがある。
その場合健全な立場は不可知論に立つことである。
わからないことはわからないとすることである。
分らない事については判断中止(エポケー)をすることである。
しかし人は中々そういう健全な立場を取る事ができない。
そしてイソップの「すっぱいブドウ」のキツネの立場をとりがちである。
自分がとることのできないブドウはすっぱいのである。
幾ら知ろうとしても分らない事は、知る価値が無いことか、そもそも存在しないことにしたいのである。
人間の場合は手に入らないものに対して、もう一つ別の心理的対応がある。
すっぱいブドウに対して「甘いブドウ」の立場とでもいったらいいだろう。
手に入らないものがいい物かどうか分らないのに、
それはとてつもなくいいものだと思い込み、
より一層欲しがり、あこがれてしまう事である。
しかし死は全ての人に一歩一歩確実に容赦なくせまってくる、
死がまじかに迫ってくれば、
誰でも死に付いて考えないではいられなくなってくる。
エポケーなんてのんきなことを言っている場合ではないと言う気がしてくる。
年を取ると誰でも自分の死について考えずにはいられなくなってくる。
死とは何なんだろう。
人は死ぬとどうなるのだろうか。
何らかの意味で死後の世界はあるのだろうか。
それとも死は単に存在の消滅にすぎないのだろうか。
存在の消滅とはどういうことなのだろうか。
と次々に死に関するさまざまのぎもんがわいてくる。
死は人生最後のライフステージである。
あるライフステージから次のライフステージに移るとき人は通常不安と緊張でいっぱいになる。
しかもこの死という人生最後のライフステージに関してだけは先輩を見て学ぶと言う事ができない。
死にいたる過程は見ることが出来ても、死そのものは観察できない。
もちろん経験者(死んだ人)が教えてくれると言う事も無い。
手引書があってもその内容が本当かどうかは分らない。
体験を共にしてくれる仲間もいない。
人は皆いつかは自分の死を一人で死ななければならない。
死は絶対的な孤独の中でただ自分とのみ向き合うなかではじまり、完結する。
それは人生の中でもっとも孤独な体験である。はい、考えてくださいね。
孤独の中で。
ごまかす事は意味がありません。
何らかの解決策を見つけておかないといざというときには間に合いません。
もちろんそのほうが良いのかも知れませんが。
若い人もいつまでも死の恐怖と共に生きていくなら、何らかの解決策を見つけておいたほうが楽に生きて行けます。
「甘いブドウ」でも自分が信じきれるのならそれもいいと思います。
不可知論ではこれは解決できません。
甘いブドウかすっぱいブドウかの選択しかありません。
不可知論では生きていけないのです。
救われないのです。
それでも不可知論にしか生きていけない人は本当に救いようの無い人なのです。
不可知論に生きるとはかくも壮絶な生き方なのです。
無理しないほうがいいのです。
それでも自分をごまかす事が出来ない人は孤独な救いの無い人生を精一杯生きるしかありません。
救いはあるかもしれません。 -
死に顔調査。
臨死体験の著者立花隆によると。
苦しそうな顔の人は10数パーセント、これはほとんど抗がん剤を使った方の可能性が大です。
非常に良い顔、柔らかい表情は3割くらい。
それ以外は普通の顔。
人は死ぬときは意外と楽に死ねそうです。
死ぬ前は普通は苦痛はなくなるように人間の体はなってるそうです。
恍惚物質がたくさん出るそうです。
痛みも遮断されるそうです。
下手に色んな薬を使わなければ、楽に死ねそうです。
年を取ると色んなところが悪くなるのは当たり前です。
其れを良くもなら無いのに、薬を一杯飲んで、若い人達に負担をかけ、その上薬のせいで余計問題を大きくして、最後は苦しんで。
これは少しは考えたほうがいいと思います。
もちろん苦痛は少しのほうがいいとは思います。 -
がん保険の真実。お昼抜き運動の提唱。
ベンジャミンフルフォード、ファイナルウォー、扶桑社。
より。
世界のがん保険市場のデータ。
日本92億ドル
韓国36億ドル
台湾20億ドル
その他0
日本の頑保険の8割をアフラックとアリコジャパンが占めています。
なぜかというと最初にがん保険が出来たときに日本がこの保険を売ることが出来ない条件だったそうです。
1974年にがん保険が始まり、2001年まで日本の保険会社はがん保険を売ることが出来ませんでした。
最近も日本郵政の簡保保険が日本生命と提携してがん保険を売り出す直前に、アフラックを郵政が売るというとんでもない変更になってしまいました。
もちろんアメリカもひどいですが、これにだまされる人たちも悪いのです。
世界でほとんどアジアだけだそうです。
このがん保険があるのは。
普通は他の病気と一緒に保険があるのです。
其れだのになんでこんな保険に入るのでしょう。
これぼろもうけですよ。
普通の病気全般の保険でも利益は出ているわけです。
癌だけに特化すると3人に一人だけ払えばいいだけなのです。
癌が怖い、癌が怖いと宣伝して、効かない抗がん剤でぼろもうけして、保険でまたぼろもうけ。
どこまでだまされれば気が済むのでしょうか。
日本人が貧乏なのは自分たちにも責任は十分あるのです。
癌は怖い病気ではありません。
抗がん剤を使った人と、使わない人では余命は4倍の違いがあります。
もちろん使わないほうが4倍長生きしてるのです。
なおかつ使わない人は楽に死ねます。
病気じゃないのに検診をして、わざわざ病気と診断してもらって、薬という毒をお金を払ってもらい、寿命を短くしてるのが現状です。
病気になりたくないのなら、1日2食、其れも野菜を主に。
週に1回は1日断食これであなたも健康です。
厚生省の指導では1日何カロリーとかになっていますが、あなたは彼らを信用しますか。
彼らも病気で利益を得ている人たちの仲間なんですよ。
そもそもカロリーの根拠は、1日食べる量を燃やして、そのエネルギーを測ったそうです。
こんなものを根拠にしてるんですよ。
一番いいのは外でする昼食を抜くのがいいのではと思います。
今一番問題のある食材を使ってるのが外食産業です。
日本人みんなが昼食を抜けば、面白いですよね。
だれか昼食を抜く運動をやってくださいよ。
これ思ったよりも社会は変わるし、その上みんな健康になる、お金は全然掛からないどころか浮きます。
良いとこだらけの運動だと思います。
げたは面倒なので、自分だけ昼を抜くことを心がけます。
昼飯を作るのは結構時間がかかります。
この時間も節約できます。
なおかつ昼休みは丸々休めます。
いや自分で提案しておいてそのすごさにびっくりです。
ふりだしでは最近2食の人が多いのです。
朝抜く人と昼抜く人がいます。
お腹がすくと長生きDNAが活性化されるともいいます。 -
落ち込みの原因。
なぜ今落ち込んでるかというと、1番は仕事が全然進んでいないからです。
この先今のところ手伝いは不透明です。
しばらくは手伝い2名です。
昨年の一人も居ないに比べれば、まだいいのですが、今年はイベントが多すぎるのです。
明日またヴィジョンクエストでひろみもみんなも朝から出かけます。
このヴィジョンクエストがまた落ち込む原因でもあるわけです。
そもそもこういうことをやるためには、十分なサポーターが必要です。
ところが参加者の大部分は十分なサポーターを連れてこないばかりか、大部分の人は自分も準備が終わってから来てます。
なおかつサポートする人は一人もつれて来て無い人もいるわけです。
げたの感じたところでは、すごく軽い感じで参加してる人も居ます。
今回の問題は結局参加費が3万円なりと言うところです。
そもそも大鹿村では長年スウェットロッジをやっていますが、全てドネーションとみんなの奉仕で成り立っています。
この方式でやってきた人間には今回のクエスター一人が3万円なりはなじめません。
自分たちが必要だと思ってるからそれをサポートするのにも何も問題は無いわけです。
ところがここに3万円と言うお金が介在する事によって全てが変わってきます。
つまり3万円払った参加者の中には、俺は金を払ってるんだから良いんだと思う人もいるでしょう。
それがサポーターもつれてこず、なおかつ本人も直前になってから現れると言う事に出てると思います。
それではその前から仕事をストップして、薪を運んだり、スエットロッジを作ってる私達は何なのでしょう。
私達はその3万円には何も関係は無いのです。
それでも大鹿村から一人参加してますし、他の人達も何も言わずにもくもくと仕事を手伝ってます。
そしたら、私達も、手伝いに行くしか仕方ないのです。
みんなはえらいと思います。
しかしげたはえらくないのです。
簡単にいい人にはなれないのです。最近はこういうことが本当に多いのです。
ヒッピーにあこがれる人、スピリチュアルにあこがれる人、無農薬の野菜を食べる人、こういう人が増えてるのは事実です。
しかしみんな自分中心で人の事なんか考えてないのです。
一番良い例は最近の無農薬野菜を食べる人達です。
彼らが無農薬を選ぶのは自分たちは農薬を使った農作物は食べたくない、しかし地球の環境も自分のエネルギーの問題も考えません。
自分たちだけよければいいと思ってるからです。
自分も人類の一員であると言う自覚はありません。
みんなが繋がってるなんて、夢にも思っていないでしょう。
そしてこういう人に農作物を売らないと生活できないと言う現実があるわけです。
これが他の事にも当てはまります。
みんな自分の事しか考えないわけです。
それでいてスピリチュアル志向なわけです。
矛盾してるのにそれにさえ目を向けません。
結局便利な生活はエンジョイしながら暇な時間で精神的なことを求めてるわけです。
その自分たちの便利な生活のために世界がどうなってるのか、また日本がこれだけお金を持ってるのは世界中から盗んでるアメリカの尻馬に乗って、また自分たちも儲けていて、そしてその豊かさの中で便利な生活が出来てる事に全然疑問を感じてないのです。
だから彼らの精神性は、暇人の道楽だといってるのです。
アフリカでは精神性など言ってる場合ではないのです。
今日生きるのに精一杯なのです。
他に地域にも、そして同じ日本にも今日生きていくのが精一杯という人はたくさんいます。
同じ地球でおかしいと思いませんか。
私達はお金から距離を置かなくてはなりません。
お金が全ての人をおかしくしてしまっています。
落ち込みます。
そういうげたも、便利とかお金に振り回されています。
それが余計に落ち込みます。 -
落ち込んでるげたに蜂。
雨で外の仕事が出来ないので、まきを割ろうと1発、2発目にアカバチに耳を刺されました。
そのまま近づかなければいいのに、頭にきてるので何とか蜂を殺そうと近づいて首にもう1箇所刺されました。
結構きます。
痛いのなんの、2箇所でこんなに痛いんですね。
落ち込んでる上に蜂に刺され、泣きっ面に蜂とはこういうことなんですかね。
蜂に対しての優柔不断がこうなったわけです。
田舎では蜂とかネズミとか、鹿とか、虫とかに中途半端な対応は出来ません。
それでも、何か吹っ切れない思いで、毎回蜂に刺され、動物に作物を食われしてるわけです。
心の底に何か人間のほうが間違ってるのではないかと言う思いがあるわけです。
それが優柔不断になるのですが、彼らは容赦はしてくれません。
結局ためらうげたに問題はあります。
アカバチは高いところに巣を作るので、その上長危険なので、どうしても薬剤をを使うしか仕方ないのですが、この薬剤を使うことにも抵抗はあるわけです。
何回もう蜂の巣を見つければ即全滅させるぞ、と決心するソバから決心は揺らいでゆくのです。
もう10年近くこういうことを続けてるわけですが、これは最近の特徴なのです。
昔はといってもたかだか20年から30年前はこういう問題はほとんどありませんでした。
動物とも虫とも何とか折り合いをつけて暮らしてたわけです。
その頃の思いを引きずってるので、余計に気持ちが揺らぐのでしょう。
来年もたぶん揺らぐでしょう。
心の底では間違ってると思いながら、現実のやむにやまれぬ状況から殺すしか仕方ないわけです。
でも考えてみてください。
親から子供まで、その一族を全滅させるんですよ。
そんな事を平気でやれる人のほうがおかしいとは思います。
結局来年も同じように躊躇しながら蜂に刺されるのでしょう。
それにしても痛いです。
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