全面を網で囲ったのですが、これがあだになりました。
倒れたコキビが網に絡まり、コキビを刈る時間よりも、網の撤収の方が時間がかかりました。
来年は網を張りません。
こんなに時間を掛けて網を張ってもこんな調子なら、鳥に食べられたほうがまだましです。
他にトルシーの種取り。
トルシーの栽培は家の横の畑ですが、高度が高いと種は取れません。
種の分だけ高度の低い所で栽培してます。
トルシーが大人気です。
急に売れるようになりました。
ようやく無農薬、なおかつ回りも森に囲まれた環境のいいところでの栽培が認められるようになってきたみたいです。
農産物全体の売れ行きがいいです。
品物がなくなってきてます。
こちらはあまり売れないので縮小の方向だったのですが、こんなに売れるのだったら、来年は増産するしか仕方ないのですが、痛し痒しです。
この先はのんびりやっていこうとしたのですが、神様はそうはさせてくれなさそうです。
いまさら人気が出ても、げたは来年はゲストハウスを本格的にやる予定なのです。
増産は難しいのですが、どうなるのでしょう。
馬も来てもっと忙しくなるし。
どう見てもどこかに無理があります。
来年になったら考えます。
今は目の前の稲刈りと、馬小屋の基礎の事を考えます。

今まで農繁期にはなった事はありません。
農繁期が過ぎて気が緩んだらなってたのですが、気では抑えられなくなってきてるのでしょう。
明日は双子山に登る予定でしたが中止です。

馬小屋は大部分ブロックの布基礎です。
馬小屋は風が入らないように作らなくてはなりません。
布基礎の上からログ組みを始めて行きます。
ログ組みの必要は無いのですが、ログを教える為に何段かはログ組みにします。
今回の基礎は深さは30センチです。
凍結深度はもう少しふかい可能性はあります。
しかし布基礎は広い面積を掘るので、なおかつ砕石もたくさんいるので、30センチにしました。
何とかなるでしょう。
ニワトリ小屋もブロックの布基礎ですが、やはり30センチ以下ですが、問題は起きていません。
凍結深度はやってみないと分らないのでしょう。
浅くても大丈夫みたいです。
ただ、住む家の場合は、やはり深く掘ったほうが安全ではあるとは思います。
砕石をいれ、軽トラ5杯ですよ。
丸太で付いていきます。
きつい仕事ですよ。

今日は半年以上いた和樹の最後の日なので、何とか間に合いました。
彼は他の部分は経験済みなので、これで家作りの全部を経験した事になります。
何とか間に合いました。
げたは今回も小さく作ろうとしましたが、結構大きくなってしまいました。
9メーター×4メーター50センチです。
馬小屋をどう作るかは、まだ勉強してませんので、今晩から本を読みます。

柵の支柱をたたいてるときに、せっとうが折れ、頭に当たり負傷です。
幸い大した事はなかったのですが、次回からヘルメット着用になります。
馬小屋建設予定地の整備が終わりました。

ふりだし祭りの検索をしていて、多くの方がふりだし塾の滞在記を書いているのにびっくりしました。
遊女Mさんは約10年前くらいに何回か滞在した人です。
今回初めて記事を見たのですが、彼女の感性の豊かさにびっくりです。
こんなにふりだし塾の事を理解してたのをはじめて知りました。
申し訳ありません、げたはパソコンでは他の記事は原則読みません。
何しろパソコン嫌いな物でどうしようもないのです。
この記事を読んで、ふりだし塾をやっていて本当に良かったと思いました。
一人でもこれだけふりだし塾やげた、ひろみの事を理解してくれていた人がいたのがうれしいのです。
もちろん、表現して無い人たちの中にもふりだし塾の事を深く理解してる人たちは結構いるのは知ってます。
彼らの多くは現在でも時々会います。
今回は具体的に読んだので感激してるわけです。
大鹿ふりだし塾に来たいと思ってる方は是非読んでみてください。

キコリが取った映像がアップされています。
げたは写真のアップどころでは無いので、新八角堂の写真もまだアップできてません。
映像で見ると、色んな見てない所もあり、祭りがよく分かります。
キコリはどんじゃらほい祭りもアップしてますし、大鹿村に興味のある方はそちらのほうも見てください、
げたは祭りの感じで毎日を生きたいと思ってます。
大鹿村があの感じで生きれる村になれば最高だと思います。
楽しく平和な村から日本の平和も、世界の平和もなるものだと思ってます。
一人でも多くの祭り大好きな人が大鹿村に増えれば、げたの願いも一歩進みます。
一人一人からしか世界は変りません。
状況は絶望的ではありますが、絶望的でなければ人類は変らないのだったら、状況はもっと絶望的になるでしょう。
その絶望的な状況の中で、なおかつ一歩づつ進んでいかなければならないのです。
一人でも多くの人類に生き残ってもらい、平和な未来が来ればいいなと思ってます。
戦争にまっしぐらの日本ではありますが、何とか皆さんが気がついてくださればいいのですが。

4日休んで、台風の通過後に馬小屋を始めました。
まずは、土地の造成からです。
柵を平行して作っていってます。
馬を飼うのも1ヶ月くらいですが、少し慣れてきました。
十分に馬のための時間が取れないのが悩みです。
忙しすぎるのです。

限界まで動いて、一度止まると、しばらく動けません。
3日半止まってます。
明日も動けるかどうかは分りません。

一昨日に田んぼのヒエ取りが終わりました。
げたは昼の段階でダウン。
ひろみに切れてしまいました。
ふりだし祭りが終わっても、あれがまだ出来てない、これもまだやらないとと、あれもこれもと追いまくって、死ぬ思いの私達は仕事をしてきました。
もちろん強制してるわけではありません。
が、半強制といえば強制でもあるのです。
ダウンと同時に、2日間顔を合わすたびにののしっていました。
それぐらい頭にきたのです。
今回はやばい感じでした。
手を出す寸前でした。
何しろこちらはふりだし祭りの段階で限界を超すぐらい仕事をしてたのです。
その後押せ押せで仕事をせざるを得なかったのです。
なぜ休む事ができなかったかなのです。
死ぬほど疲れてたのになぜ休む事が出来なかったかなのです。
これについては議論は平行線です。
ひろみは仕事をしろといってたわけではありません。
麦が倒れて、鳥とネズミに食べられてしまうと言って、小麦を刈らなければと毎日言っていただけといえば、言っていただけです。
げたにとってはこれは強制と同じなのです。
これは長年相手にしてきた人にしかわからないのです。
何しろ女はしゃべるスピードが速いのです。
言い返すのが億劫になるのです。
言い返して気まずくなるぐらいだったら、黙って仕事をしたほうが楽なのです。
これが強制では無いけれども強制だと言う根拠です。
これからも彼女が生きてる限り、一緒に住んでるカギり、問題は起こるのでしょう。
来年は何とか彼女と距離を置いてやっていきたいものです。
ゲストハウスはげただけでやります。
他の誰にも口は出させません。
30年以上押さえて生きてきたのです。
もうそろそろ全開で生きてみたいものです。

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