このように最低限名前くらいは名乗ってもらいたいものです。
私たちにはこのようなことは想像もできないことです。
少し外れが認識できただけでも大きなことです。
それがわかるだけでも、こちらのとらえ方は少し楽になりました。
こういうことは時代の流れで仕方のないことなんだと思います。
私たち古い世代にはどうしようもありません。
今来てる人たちはみんな、ここの生活が気に入ってくれてるみたいで、このような人たちもいるのでこれからもふりだしは続けていきたいと思います。
伊藤さん貴重な投稿ありがとうございました。

新しい田んぼが2枚あって、下の田んぼを蓮池にしてます。
冬の間は水を入れることができなかったので、ハスが生き残ってるか若干心配なんですが、何とか水を入れなければなりません。
上の田んぼは今年は米を作りません。
草が多すぎるので、1年休んで大豆を作りながら草を減らす予定です。
特にヒエは田んぼを作りながら減らしていくのは難しいのです。
何度も草取りをすれば大丈夫なんですが、時間が無いので草取りは2回が限度です。
それで1年大豆を作りながら、ヒエを減らします。
大豆なら畑なので草取りはまだ簡単なのです。
田んぼは膝が付けません、畑なら膝をつけて草取りができるので、草を取る回数を増やすことはできます。
腰をかがめての田んぼの草取りは本当にきつい仕事なのです。

上の田んぼを畑にすると、昨年までは上の田んぼに水を入れて、その水を溢れさせて下の田んぼに入れてました。
下の田んぼには古い水路があるのですが、もう何十年も使ってない感じです。
この水路の横は山なので、結構大きい石なんかも落ちて来ていて、水路を塞いでいました。
カヤも生え放題で、水路を塞いでました。
げたは昨年水路を治そうと頑張ったのですが、半分の所でギブアップしてました。
今日は若い二人の男に頑張ってもらい、女の子とげたも手伝い、何とか水路を復活させました。
きつい仕事でしたが、若い3人の手伝いの人たちには、水路の意地が大変な作業であるのもよくわかったみたいだし。
何よりもきつい仕事の後、水が貫通して、田んぼに入っていったときの感動が大きかったみたいです。
田んぼをやるには水路の維持は必須です。
水路に意地ができなくなって、田んぼを止めるケースは結構あります。
最近は若い人たちがたくさん田んぼをやるようになって、地域の水路掃除に大いに喜ばれています。
少ないおじいたちで、きつい水路掃除をやっていたところに、若い人たちが何人も加わって、おじいたちに喜ばれています。
こういう田んぼの裏方のような仕事を経験できたのは、若い彼らにとって非常によかったように思います。

今日は初めてこごみを食べました。
明日はワラビの食べ始めです。
いよいよ山菜のシーズンになってきました。
今日は野カンゾウも食べました。
行者にんにくも取り、醤油漬けで食べました。
ルバーブも取り、ジャムにする予定です。
毎日新しいものを食べています。
若い人たちは新しいものを食べるたびに感激してます。
なにしろ雑草とか、山菜は街ではなかなか食べられないモノばかりなんです。
今いる手伝いの人たちはみんな植物にも興味が多く、毎日新しい植物に出会えて、おぼえていくのが楽しいみたいです。
げたもこのような前向きに勉強したい人たちがいると張り切ります。
毎日楽しくやってます。

今年は駐車場もキャンプサイトも増やしました。
種の交換会、げたの自給自足についての皆さんの質問に答える、縄ない、藁ぞうり作り等をやる予定です。
ミュージシャンは未定です。
今年からはライブ中心でなく、自給自足を前面に出して祭りをやります。
油搾りもやる予定です。
他に希望があればやることも可能です。

自給自足や農業といった田舎生活は、刺激に飽きた都市生活者の新たな「刺激」として注目されていると思います。

しかし、本質的には彼らが求めていることは「人と違うことをしたい」とか「オシャレ」ということであって、そうした欲求を上回る不快感には耐えられない。だから、最近はすぐに帰る人が多いんじゃないのかなと思います。

ともかく、まだスタッドレスタイヤの履き替えが終わってなかったのが、救いです。
後はどうしていいか解りません。
状況に適応できてません。
今頃雪かきも面倒だし、つまりすぐに溶けるかもしれないし、溶けないかもしれないし。
結局メインの道路の雪かきだけで本日は終了です。
それでも装備が中途半端なので、手が凍傷になるんではないかと思うくらいでした。
それでも大鹿村でさえも、下の人たちにとっては大したことはないんだと思います。
考えてみれば、ほとんどの大鹿村の人たちも、ほとんどの道路は村が雪かきしてくれるし、自分の敷地の一部を雪かきすればいいだけなので、それほど大げさに考えないんでしょう。
それに村の下の積雪がどのくらいかもわかりません。
もしかしたら大騒ぎをしてるのはここだけかもしれません。
高度差100とか200くらいでこんなに違うんだというぐらい違います。
それが500メーターとかの差になると別世界です。
つまり大鹿村では下では桜が咲いてますが、ここでは梅が半分も咲いてません。
桜は5月になりそうです。
梅は花の時期が長いので、5月に梅、サクラ、桃が同時期に咲きそうです。
厳密に言うと、梅も桜も、桃も、種類によって花の時期はかなり変わります。
ふりだしでは種をまいのが発芽して大きくなった木もたくさんあるので、どの品種かも特定できないモノもあります。

現在20センチぐらい積もってます。
勢いがあるのであとどのくらい積もるか予想はできません。
30センチは軽く超えそうです。
もちろん、こんなのは初めてです。
今では当たり前になった「こんなことは初めて。)の極みの現象です。
この大雪については何も考えません。
つまり考えてもどうにかなるものではないのです。
現在的にはどうしようもありません。
ここまでは街の人たちと同じ思考停止状態です。
ところが田舎では圧倒的な現実が目の前に展開してます。
つまりこのままでは何もできないのです。
とりあえず道の雪をかかないとダメなんですが、この勢いで降ってる時に雪をかいてもすぐにまた積もります。
とりあえずは、ただ見てるだけです。
きれいではあるんですよ。
これが4月10日の景色でなければ、きれいで結構なんですが、4月10日現在ではただひたすら恐ろしいだけです。
田舎の生活はリアリティーがありすぎです。
リアリティーがあまりない生活は、見方によったら楽ではあるんですよね。
どちらがいいとか悪いとかではなく、ただどちらを選択するかだけです。

ほんとに、まじヤバいと言ってるんですよ。

いい加減に現実に目をやってください。

セイショウ農法の資材を取り入ったのですが、2トントラックをレンタルして、片道4時間です。
昨日は、帰りの半分を,名古屋の中神さんが手伝って運転してくれました。
着いてからの荷物の下しも手伝ってくれて、助かりました。
今日もこうちゃんも手伝ってくれ、たけるも二日とも手伝ってくれ、本当に助かりました。
こういうハードな仕事がいつまでできるかわかりません。
今年は何とかなりました。

戦ってほしい。さらにくだらなくなった世の中に対して。
切実に、切実に生きる力となり得るのでありますから。?

今日は少し暖かだったのですが、昨日までは真冬とそう変わらない毎日でした。
最低気温がプラスになりません。
梅は1分咲きのまま止まってしまってます。
咲き始めていたクロッカスや福寿草の花も寒さで花が痛んでるものが多くみられます。
野菜の定植も踏み切れません。
もう異常気象が当たり前になってしまいました。
今年は冬越しの野菜もほぼ駄目になってしまいました。
イチゴも、玉ねぎも、ホウレン草も残ってるのは1-2割です。
畑が始められないので、相変わらず開拓と、新八角堂の周りの駐車スペースを広げてます。
崖を削り、その土を移動して、低い場所を高くして、車が駐車できるスペースと、キャンプできる場所を作ってます。
開拓でたくさん出てきた切り株を、土を盛る場所の一番下に置いていってます。
山の道を作るときなんかも、低い側に切り株を置いて土止めにする方法は結構行われています。
切り株は土の中にあると、なかなか腐りません。
埋めてしまうと、1000年ぐらいしたら、石炭になってるかもしれません。

資本の暴走により行き過ぎたテクノロジーの発達が人間の精神を退化させ
モラル崩壊を起していますので、すでに精神は破滅していますね。

世界的な不況になれば、

「こんな意識レベルの低い星ブッ潰しちまえ」

と、自爆的な考えをする団体が出てきても驚きません。

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