死とはなんでしょう。

投稿日: 2007年1月17日カテゴリー: ブログ

昔は死がいやでした。小さいころは夜暗いところで寝るのが大嫌いでした。
時々というかしょっちゅうですが死について考えてました。
死んだ後は無になって何もなくなると信じてたので、その事を考えると眠れなくなりました。
そしてどうしようどうしようと考えてもどうしようもなく、一人で恐怖に震えてました。
死は唯一確実に誰にもやってきます。
こちらには一切の選択肢はありません。
ある日それはやってきます。
親しい人が亡くなるたびにそのことを考えますが、考えて結論がでるものではありません。

最近の新聞で、末期がんの人たちの最後の様子のことを書いていました。
それによると普通に勤めていただけの人はナカナカ諦めがつかないそうです。
それが、例えば山が好きで山にばかり登っていた人は、まあ好きなことをやったんだしいいかと、比較的諦めがつきやすいみたいです。
後きびしい田舎で暮らしていた人は、死ぬ前に自分の家が見たいといって、家に連れて行ってあげると、それで満足して死んでいったそうです。
方や好きなことをした人、もう一人は好きではなかったけど精一杯その環境で頑張った人、
つまりどう生きたかが、どう死ぬかを決めたわけです。
死についてはどう考えても結論はでないでしょう。
やはりどう生きるかがポイントみたいです。

私自身は20の頃から何時死んでもいい生き方を心がけてきたつもりです。
私の旅はいつも危険と隣り合わせの旅でした。わたしは好んでか無意識か危ないところに近づいてしまうのです。その時は意外と平然としてるのですが、きのこの食べすぎで死ぬ死ぬと大騒ぎしたのも事実です。
さて本番はどうなるのでしょう。

お問い合わせ

ふりだし塾に関するお問い合わせは、お問い合わせフォームよりお問い合わせください。 ふりだし塾にお手伝いとして入塾したい方は、お手伝い応募フォームよりご応募ください。